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11 紘一視点

一か月後、気温や風景がすっかり秋らしくなってきた頃、柳紘一は食堂で元気のない吉田を見かけた。 普段はごちそうだーと言って、一番安いうどんをたいらげるのだが、大人しく持参のおにぎりを食べている。 「どうした? 今日はうどんじゃないのか?」 向かいに座ると、吉田は歯切れ悪そうに呟いた。 「今家が大変でさ……」 父親は刑事、母親は看護師の両親を持つ吉田は、両親の代わりに弟たちの面倒を見ている。姉がいるがすでに家を出ており、吉田が家事をこなしているのだ。 「おばさん、また夜勤になったのか?」 紘一の問いにうなずく吉田は、それだけじゃないんだよ、とため息をつく。 「親父が厄介な事件抱えてるらしくてさ。滅多に帰ってこない上に、家にいても不機嫌極まりなくて……殺伐としてんだよ」 その空気が耐えられない、と吉田は伸びをした。しかし、何かを思いついたのか急に真面目な顔になり辺りを見渡すと、口元に手を当てて声を潜める。 「その事件ってのが、女性ばっかり失踪してるって」 「それは……」 事件と言うのは大抵聞いても気分が良いものではないが、また妙な話だ。大体吉田の話は、父親から直接仕入れる訳ではなく、彼の持つパイプから仕入れているから、父親の守秘義務はあっても役に立たない。 さらに周りを警戒しながら、吉田は言う。 「実は何人か見つかってはいるんだけど、綺麗なまま死んでるから、病気か他殺か自殺かも曖昧なんだって」 「うわ……」 やはり最悪なパターンか、と紘一は頭を抱える。証拠がなにもないから捜査も難航しているらしい。 ふと、秋風に吹かれて立つ、あの綺麗な少年が思い浮かんだ。 「だから、彼女には十分気を付けてやれよ?」 「……は?」 いきなり話が飛んだように見えた紘一だが、吉田はとぼけたと取ったらしい。 「またまたぁ。『柳くんったら、絶対好きな女の子ができたんだってー』って、女子の間じゃすごい噂だぞ」 まったくどこからそんな憶測ができるのか。女子の妄想力はすごいな、と思いつつも、ちらちらとカフェオレ色の髪が脳裏をよぎる。 (確かに、和馬は綺麗だと思うけど) こんなにも気にしてしまう原因はなんなのか、紘一は分からなかった。黙ってしまった紘一に吉田は勘違いしたのか、「あれ? じゃあ片思いか?」と勝手な憶測を続けている。 思わず違うと言うと、久々に勘が外れたかな、と吉田は独り言を呟いていた。 「でもまぁ、そのうち不審者がいるからとか言って、注意喚起はすると思うぞ。市内でも何人か被害に遭ってるし」 喋っているうちに元気を取り戻したらしい吉田は、両手を合わせて「ごっそーさん」と言うと、席を立つ。 「どこ行くんだよ?」 確かこれから彼は授業があったはず。しかし、ニヤリと笑った彼はそれに出る気はなさそうだ。 「情報収集」 「は? やめとけって、巻き込まれたらどうするんだ」 こういう時、彼の好奇心の多さと、ミーハーな性格には困ってしまう。なんだかんだ言って、自分も巻き込まれるのが目に見えているからだ。 しかし、吉田は真面目な顔で言う。 「柳、世の中にはな、首を突っ込まなきゃ知ることもできないこともあるんだぞ」 「はぁ……」 もっともらしいことを言っているが、そうやって仕入れた吉田の情報は、普段ほとんど役 に立つことはない。そんな彼に言われてもピンとこないし、わざわざ危険な所へ行くなんて、紘一には考えられなかった。 「とりあえず、学内をうろついてみるかー」 元気よく歩き出した吉田を止めようとしたが敵わず、結局一緒に授業をサボる羽目になったのだった。 しかし吉田の行動は、結果的に吉と出る。

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