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13 和馬視点

「……はぁ」 外は良い天気なのにな、と和馬はため息をついた。 こんな日は外へ出て、太陽の光と秋風を感じながら、ゆっくり散歩したいのに、と思う。 それが叶わないのは、和馬が出歩かないように、竜之介が結界を張っていったからだ。 (あなたは、自分の立場が分かっていないようですね) 和馬がレイに力を奪われた後、邪気がそこかしこに現れたことを話した。それで竜之介たちが調査に出た先で紘一に会い、こっそり外出していたことがばれたのだ。 自分に何かあれば、この町に住む人間の命が脅かされるかもしれない。そんな立場に立たされている和馬は、もっと慎重に行動すべきだ、と竜之介は言う。 しかし、彼らは知らないが、レイは和馬の中から出て行った。その事実をどう誤魔化したら良いのか、困っている。 削られた力は今のところすぐに補えているから、見た目には変わりない。しかし、レイの力が強くなるにつれてその立場は逆転し、自分の命も危なくなるだろう。そうなればすぐに気付かれてしまう。 「せっかく、穏やかに過ごしてきたのになぁ」 家業を継いで十年、高校を卒業してから一年、やっと人を傷付けてしまわないかとビクビクする日々から抜け出せたのに、こんなことになってしまうなんて。 「……っ」 頭がズキンと痛む。レイと連動された和馬の力は、今も本人の意思とは関係なく、削れていく。 一体、レイは今どこで、何をしているのか。それさえ分かれば何か対策が打てるかもしれない。だが、情報を集めるにしてもこの結界が邪魔だ。 「一か八か、やってみるか」 部屋の中央に立って、目を閉じ集中する。足下から冷たい風がふわりと吹き、床を這うように広がっていく。 いわゆる探索系の技なのだが、結界に触れれば竜之介に気付かれるし、レイも気付いてしまうかもしれない。慎重に、結界の隙を探る。 しかしさすが、術の精度は一族一番の竜之介だ、隙が見つからない。 彼は普段物腰が柔らかいが、実は結構容赦がない。やると言ったら徹底的にやるし、そこに私情は一切挟まない。和馬が大事でも、一族の存続のために監禁すらするのだ。 (もう少し……) ようやく見つけた綻びに、針の穴に糸を通すように、和馬の風を結界の外へと送り出す。 こめかみににじんだ汗が、頬を伝い落ちてきてむず痒い。一瞬でも気を抜いたら結界に触れてしまい、失敗に終わるだろう。 どれくらいの時間が経ったか、やっとのことで風を外へ送り込んだ和馬は、そこから一気に範囲を広げた。 風の音、車が走る音、幼稚園児の元気な声、お母さんたちの噂話――風に乗って運ばれてくる音は、外のリアルタイムな音だ。 「……っ」 突然、耳元ではっきりと声がした。和馬の風に何となく気付いたらしく、辺りを探る気配がする。 「なあ、今すごく寒くなかったか?」 和馬は驚いた。その声の主は紘一だったからだ。人間の中でも勘が良い人は気付くこともあるが、これだけクリアに声が聞こえるというのは初めてだ。そして、和馬は確信する。 (やっぱり、力の相性が良いらしい) 彼を取り巻く風は、温かくて若草の香りがする。こうしているだけで、和馬の力が少し回復するのが分かるのだ。 「そうか? 最近朝晩は寒いからなー」 近くで別の声がした。遠くから聞こえてくる女の子の声が、彼のことを吉田くんと呼んでいる。竜之介が会ったあの吉田くんか、と和馬は聞き耳を立てた。ちなみに、吉田の名前を当てた時の竜之介も、同じ技を使っている。 「ついに学校内で死亡者が出ちゃったな……」 「おい、その話は止めろって、あの人にも言われただろ」 「分かってるよ。木下竜之介の予言は当たるから首は突っ込まない。けど、やっぱ身近で被害者が出るとなー」 (死亡者って……) 和馬はさっと血の気が引いた。そんな深刻な事件があったなんて、今初めて知った。つまり、調査に出た竜之介たちが、和馬に報告をしていないと言うことだ。 すると突然、和馬の肌が粟立った。音声も何かに邪魔されているのか、次第に途切れていく。 (まずい!) 和馬はすぐさまその風を切った。そして今いる部屋の中だけの音になると、今の悪寒の正体に身震いする。 あれは確かにレイの気配だ。今のではどこにいるかまでは分からなかったが、紘一たちの近くにいるのだろう。そして、死亡事件との関連を、すぐに彼と結び付けた。 女性ばかりを狙った失踪事件。そして気に入ったものの力を吸い尽くして殺人。あの時と変わらないことを、彼はやっているのだ。 「……ぅ」 和馬はその場に座り込む。思った以上に消耗が激しく、額の汗がぽたぽたと床に吸い込まれていく。確実に力が弱くなっているのを実感して、大きく息を吐いた。

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