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14 和馬視点

和馬は確実に力が弱くなっているのを実感して、大きく息を吐いた。 以前なら、軽くできていたことだ。竜之介の結界をくぐるのにも、そんなに時間はかからなかった。 すると、玄関の方で物音がする。竜之介たちが帰ってきたのだ。 慌てて汗をぬぐい、近くの椅子に座りなおす。 「和馬? いますね」 襖の向こうでそんな声がして、平静を装って返事をした。 襖を開けた竜之介は、部屋に入って来るなり辺りの様子を調べる。そのただならぬ雰囲気に、和馬は冷や汗をかいた。 「あれ? 佑平は?」 緊張感に耐えられずそんな質問をすると、外で結界を張りなおしてると返ってきた。自分の行動がばれたのか、と汗で湿った手を握る。 竜之介は和馬の前に来ると、目線を合わせるかのようにしゃがんだ。一瞬彼の瞳が光り、ドキリとする。他人を操る術は、力の差がものをいうため和馬にはほとんど効かない。それでも一瞬実行しようと思ったのは、何か重大なことを聞き出そうとしているのだ。 「和馬」 やわらかく手を握られ、肩が震えた。竜之介の涼しい風が通り過ぎ、熱かった体がゆっくり冷えていく。 「本当のことを話してくれませんか」 やっぱり、と和馬は息を詰める。この分だと、さっき辺りを探ったことまで気付いているのだろう。 「竜之介だって、僕に話してないことがあるだろ?」 お互い様だ、と彼を見ると、ほんの少し――ともすれば見逃してしまうほど、眼鏡の奥の瞳が揺れた。そして、困ったように眉を下げる。 「……そうですね、いろいろ……」 目を伏せた竜之介は、同じ天使族でも見惚れてしまうほど綺麗だ。 「……この辺りで、行方不明者が増えています。狙われるのは女性ばかりで、遺体として見つかった方は、争った形跡もなく綺麗で、死因は分かっていません。そこで、和馬が言っていた邪気との関連も調べましたが……あなたその犯人に心当たりがあるんじゃないですか?」 竜之介の瞳は、元から金色だ。人を操る術というのが無意識レベルで働いてしまう。だから眼鏡を掛けて緩和させているらしい。 和馬はその金の瞳を見つめて、観念した。自分が弱ってきている以上、黙っているのは危険だし、話すことにする。 「……レイが、封印を破った」 金色の瞳が見開かれる。レイが絡んでいるとは思っていたようだが、封印を破っているとまでは思わなかったのだろう。 「いつのことですか」 「……変なブレスレットが壊れた時。あの時僕は怪我をしていた。物理的に体に穴を開けて、そこから逃げたんだ」 「じゃあ、あの怪我もブレスレットも、レイの仕業と言うことですか」 和馬はうなずく。竜之介の眉間にはしっかり皺が刻まれていて、今にも呪いの言葉を吐きそうだ。 「ただ、まだ実体を持てるまでに時間がかかると思う。だから力を得るために女性を……」 「和馬」 竜之介は視線を鋭くさせたまま、和馬を見つめてくる。当然、どうして言わなかったと責める視線だ。 「……ごめんなさい」 本当は、こんな言葉で済ましていいはずがない。無関係の人間を巻き込む形になってしまったのは、和馬が黙っていたからだ。 竜之介は深くため息をつくと、和馬の手を握りなおした。細くて長い指が、和馬のそれに絡んでくる。 「竜之介?」 「……聞いたのが佑平じゃなくて良かったですよ。彼はああ見えてすぐ頭に血が上ってしまいますからね」 彼の言葉に、和馬は十年前のことを思い出した。レイと対峙した時、真っ先に飛びかかって行ったのは佑平だったからだ。 「あれから……まだ返事はしていないようですね」 「……っ」 突然話が変わったのと、どうして知っているんだ、と驚いて竜之介を見る。すると彼はいつになく、頼りない笑顔を浮かべていた。 「何となく、あなたたちを見ていて分かりました。……佑平と直接話もしましたが」 では、ずるずると返事を引き延ばしていたのも、竜之介は知っているということだ。 すると竜之介は立ち上がり、ぽん、と和馬の頭を撫でる。 「レイは封印を破りました。確実に奴を倒す方法は、『契』を交わして強化させるしかありません。……『誰としたいか』、ここできちんと考えるべきではないでしょうか」 優しい口調とは裏腹に、竜之介の言葉は重く心にのしかかる。言葉が出ない和馬を気遣ってか、竜之介はそっと部屋から出て行った。 和馬は頭を抱える。頭の中にちらつくのは、春の風を持った、紘一だ。しかし彼は人間、天使族の内輪もめに巻き込むわけにはいかない。 どうしたらいい、と自分に尋ねても、いい案が出てこない。今の和馬がレイと戦っても、和馬の力を操れる彼には勝てないのだ。 外から吹いてくる風は、不安を煽るような、冷たい風だった。

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