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15 紘一視点

気温がすっかり冷たくなったな、と紘一は外を歩きながら思った。 今日は天気が曇りで、上がらない気温についポケットに手を入れてしまう。 大学内の銀杏もすっかり黄色になり、服装も長袖でなくては日中でも寒い。こうして暑かった季節を思い返すと、何となく感傷的な気分になる。 すると、冷たい風が吹いた。思わず身体に力が入るような風で、紘一は襟元を手繰り寄せる。 「……?」 ふと、どこからか声がして立ち止まる。辺りを見回すが、それらしき人物はいない。 普通なら、空耳かとスルーするところが、何故か声がする方向がはっきりと分かって、そちらに足を向ける。 向かった先は、人通りの少ない銀杏並木の道――を外れて、二メートルほどの土手を上がった所だ。そこは自然の山との境目で、あまり手入れされてない木々が鬱蒼と生えている。 勿論、普段は人が出入りすることはない。 紘一が土手を上ると、高いフェンスの向こうに小さく人影が見えた。何でこんなところに、と思うのと同時に、声が少しクリアに聞こえる。その声に、聴き覚えがあった。 (吉田?) どちらにしろ、こんな所で話をするなんてろくなことではない。また危ないことに首を突っ込んでいるのでは、と足を進めた。 しかし数歩進んだ時に見えたもう一つの人影に、足が止まる。 「……和馬」 カフェオレ色の髪に色素の薄い肌、細い体躯。まぎれもなく、和馬だ。 大学で竜之介と佑平に会ってから、紘一は和馬のことも吉田から聞いた。彼は十九歳にして竜之介たち祓い屋四家をまとめる長。あまり表には出ないけれど、最年少でその座を継いだ天才少年だと。 そうだと分かった途端、嫌なものが胸に落ちる。 ここからフェンスを越えて数十メートル。人に見つからない場所で、二人きりで、一体何を話すというのか。 (……いやいやいや) 何を考えているんだ、と紘一は頭を振った。これではまるで嫉妬しているみたいじゃないか、と苦笑する。 知っている二人が、自分の知らないところで会っている。それが面白くないのは子供の様な独占欲と、疎外感のせいだ。 みっともないと思いつつも、紘一は携帯電話を取り出し、吉田に掛けてみる。しかし、それでも二人の邪魔をするまでには至らなかった。 「あいつ、電源切ってるのか……」 「こんなところで何をしているのです?」 アナウンスが流れたので電話を切ると、後ろから声を掛けられて驚いた。反射的に振り向くと、そこには鋭い視線を向けた、竜之介がいた。 「私の結界を気付かれずにくぐるとは……あなた、何者ですか」 かしゃん、とフェンスが鳴った。竜之介の圧力に、体が無意識に逃げようとしている。 そして、また意味の分からない言葉を投げかけられた紘一は、その圧力にうまく言葉が出ない。 冷たい風が吹いた。 「何者……って」 さわさわと、頬を撫でる冷風に鳥肌が立つ。ただの風なのに、触れられているような感覚がするのは、気のせいだろうか。 竜之介が近づいてくる。その視線は相変わらず鋭いままで、今までにこやかに接していたのは単に外向けの顔だったと知る。 「私が何者かは知っていらっしゃるのでしょう? それなのに近づいて来るとは稀有な人だ」 竜之介は、フェンスに張り付いて動けない紘一の前に立つ。視線さえも操られているように、竜之介の顔から外せない。 その瞳が、ぐっと近づいた。互いの吐息がぶつかるぐらいの距離で見ても、竜之介の肌はシミや皺がなく、ましてや産毛もほとんどない、綺麗な肌をしている。 本当に人間か、と紘一は頭の片隅で思った。 「我々が美しいのは、何故だか分かります?」 問いかけられていると分かっていても、何も動かせない。唇が付きそうなほど間近で見つめられて、感じるのは恐怖で逃げ出したいという気持ちと、それでも見ていたいという紙一重の感情だ。 「術を使うのに力が要ります。こうやって人に取り入って、力を分けてもらうんですよ」 彼がそう言ったとたん、足から力が抜け地面にずるずると倒れ込んだ。起き上ろうとしても叶わず、土の上でもがく。 「命が惜しければ、これ以上和馬に近寄らないことですね」 どうにか上げた視線の先で、竜之介は冷たい光をたたえた瞳でこちらを見ていた。 どっと汗が吹き出し、こいつは本当にヤバイ、と脳が信号を出している。 すると、汗も凍るような冷たい風が吹いた。それと同時に竜之介の姿が消え、すぐに背後で足音がする。まさか、と思ったが見ることはできず、遠ざかる足音をただ聞いているしかなかった。 この足音が竜之介のものだとしたら、彼は人以上の高さのフェンスを、飛び越えたことになるからだ。 「……」 しん、と静まり返った辺りの様子に気付いて、再び不安が広がった。この寒空の下、こんな人気のない場所で動けなくなるのは危険すぎる。 こんな所で死ぬのは嫌だぞ、と紘一はもがく。だが足どころか、全身力が入らなくて芋虫のように這うだけだった。 すると、視界の端に人影を見つける。しかも幸いなことに、こちらに向かって歩いてきているのだ。 (あれは……礎レイ?) 妙にインパクトがあったその容姿は、一度吉田から聞いた名前も覚えていた。 金髪に白い肌、黒ずくめのゴシックな服を着た彼は、紘一の前まで来ると、足を止める。 (……目が、同じだ) 近くで見ると、どこか和馬と似ている雰囲気がある。そう思うのは瞳が金色に近い茶色だからだ。しかし彼が持つ視線や態度は険悪で、どうして和馬と似ているなんて思ってしまうのだろう。 (確か、前見かけた時もそうだったな) これは、何か関係があるのか。首を上げるとレイが口の端を上げる。 「竜之介の臭いがするな。近くにいたのか?」 質問と言うよりは自己解決したような呟きだった。何故分かったのかは分からないけれど、何かの術を使っているのか、と想像がつく。竜之介の名前を知っていたあたり、彼らとつながりがあると知れる。 しかし、彼からただならぬ危険な雰囲気が出ているため、次第にこの状況はマズイのでは、と今更ながら思う。 「お前、結城和馬を知っているか?」 辺りを伺いながら、レイは尋ねてきた。竜之介が近くにいたことは分かっても、和馬もいたことは分からなかったらしい。しかし、何故和馬の名前が出てくるのか。

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