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01-10.
「最高の間違いだろ? あぁ、婚約をする前なのに悪かったな。少しだけ自制が利かなかったんだ」
「最悪ですよ。飢えた獣に襲われた気分です」
「ふうん。それは良かったな」
……言葉が通じないのか?
初めてだった。
女性と触れ合う機会に恵まれず、大して興味も抱いてこなかった為、一度もキスをしたことがないことを気にしていなかったが、前触れなく奪われてしまうとは思ってもいなかった。
……最悪な経験をさせられた。
すぐにでも口を洗いたい衝動を抑えながら、ジェイドを睨みつける。
「キスくらいで文句を言うなよ」
レオナルドの頬に触れようと伸ばされた手を振り払う。
「レオナルド」
ジェイドは笑っていた。
「よく覚えておけ。和解してやる条件は一つだけだ」
その目は獲物を捕獲した獣のようなものだった。
「条件を飲まないなら、見せしめにアルフレッドを殺す。その後は伯爵と伯爵夫人だ。最後にセドリックを殺してやろう。慰謝料は三億ほど要求しようか」
条件を受け入れさせる為ならば、手段は問わないつもりだろう。
「伯爵家を没落に追い込むまで何でもやってやるよ。その後は二人でゆっくりと過ごそうじゃねえか」
囁かれた内容な脅迫だった。
それは実行が不可能な内容ではないのはレオナルドもわかってしまう。
「ほとんど犯罪行為だとわかっているんですか」
「わかっているさ。どれも侯爵家の権力でかき消せる範囲だろう?」
再び、ジェイドの腕がレオナルドに伸ばされた。
今度は振り払えなかった。
「明日、また来る。それまでに返事を考えておくといい」
髪に触れられる。
まるで宝物に触るかのように優しく触れる手は、条件として告げた脅迫をしている張本人とは思えなかった。
「愛しているよ、レオナルド」
髪に触れる手は優しいものだった。
「俺にとっても、お前にとっても、最善の答えが出せることを期待している」
名残惜しそうに手が離された。
それからゆっくりと立ち上がり、レオナルドを見下ろす。
「お客様のお帰りだ。馬車まで見送ってくれよ」
「……わかりました」
「そうだ。敬語なんて使わなくてもいい。気兼ねなく話してくれよ」
まるで自分の家のように堂々と歩いていくジェイドに従うようにして歩くレオナルドは眉を潜めた。
言葉遣いを崩すことを求められるのは珍しいことではない。
しかし、先ほどまでの言動を考えると裏があるのではないかと考えてしまう。
「レオナルド」
ジェイドに声をかけられ、眉を潜める。
愛しい人を呼ぶかのような甘ったるい声を向けられることに対し、違和感を抱く。ジェイドと会話を交わしたのは今日が初めてだ。
「……わかった。気軽に話すように努力する」
それなのにもかかわらず、昔から知っていたかのような目を向けられるのは居心地が悪かった。
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