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第2話 婚約を結んだ悪役令息は引きこもりたくない *01-1*
* * *
正式に婚約が結ばれてから一週間が経過した。
先週、休日の度にレオナルドに会いに来る勢いだったジェイドは仕事に追われているらしく、伯爵邸を訪ねてくることはなかった。毎日、届けられる手紙に返事を書くことが日課の一部になりつつある。
「ははっ、なにしているんだよ」
思わず、届けられたばかりの手紙を見て笑ってしまう。
手紙には、レオナルドに会いたくて仕事に手が付けられず、上司に追いかけ回されたと書かれている。
……騎士団の仕事は大変なのだろうな。
伯爵邸から出ることがほとんどないレオナルドには想像ができない世界が広がっていることだろう。
……兄上が止めなければ、もしかしたら、俺もそこにいたのかもしれない。
ジェイドの手紙に何度も書かれている上司や部下とのやり取りに思いを馳せる。
幼い頃は叔父のように騎士団の一員となり剣を振るい、国の為に過ごすのだろうと思っていた。
それは叶うこともなく、願いことさえも許されない夢のまま握り潰されてしまった。
「レオナルド坊ちゃま」
手紙を読むことに夢中になっていたのだろう。
手紙を執務室に運んできた年配の執事、ジェームズに名を呼ばれて肩を大きく揺らす。それから何度も瞬きをして、慌てて手紙の内容を見られないように隠そうとしたところで、ようやく、ジェームズの視線が優しいことに気付いた。
「良き縁に恵まれたようで安心いたしました」
まるで我が子を見るような顔をして、ジェームズは引き出しの中から返信用の便箋と封筒を取り出し、レオナルドに差し出す。
「……早くないか?」
先ほど、手元に届いたばかりである。
手紙の内容には目を通したものの、少々浮足が立った気持ちのまま、万年筆を手に取るのは気が引けた。
……まるで手紙を待っていたかのようじゃないか。
手紙のやり取りをするようになってからというものの、毎日届けられる手紙はレオナルドの気分を晴れやかにした。それにどのように返事をしようかと頭を抱える時間も嫌いではない。
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