＊　＊　＊ 　二日後、セドリックが伯爵邸に戻ってきた。 「坊ちゃま。荷物はジェームズが責任をもってお送りいたします。その際、ジェームズも向かいますので、どうぞ、これを機にお逃げ下さいませ」 　伯爵であるトムに仕事の報告をしているセドリックの姿を目撃したのだろう。 　ジェームズは覚悟を決めたような顔をしていた。そして、セドリックに遭遇する前に逃げるように告げる。 　……まるで駆け落ちだな。 　セドリックに会う前に逃げ出すことを想像する。 　十年間の悪夢を忘れられる日が来ることだろう。 　しかし、そこには辛い出来事ばかりはなかった。 　……兄上のやり方が過激なのはわかっている。 　十年間も弟を伯爵領の中に閉じ込め、交友関係を一方的に遮断した。それは行き過ぎた家族愛だと非難されるべき行動だろう。 　レオナルドも閉じ込められる日々に戻りたいとは思わない。 「それはできない」 　セドリックがレオナルドのことを大切に思っていることは事実だ。 　得体の知れない脅威からレオナルドを守る為には、伯爵邸に閉じ込めておく以外の方法はないのだと何度も口にしていたセドリックの言葉が嘘だとは思えない。 「坊ちゃま。セドリック様が大反対をなさることはわかっていらっしゃいますか？」 「わかっている」 「それならば、なぜ、ジェームズの助言を聞き入れてくださらないのですか」 　ジェームズは心の底からレオナルドを心配している。 　……泣きそうな顔をしないでほしいものだな。 　泣き落としてまで逃げてほしいのだろう。 　伯爵邸に閉じ込められる以前のレオナルドの様子も知っているからこそ、ジェームズは己が叱責されることも恐れることもなく提案するのだということは、レオナルドもわかっていた。 　……ジェームズにとって、俺は手のかかる子どもなのだろう。 　ジェイドと婚約をすること選んだのはレオナルドだ。 　すべては伯爵家の為だった。自分自身を犠牲にすることで伯爵家を守れるのならば、手段を選んでいられなかった。 　その姿を見ていたジェームズは悔しくて仕方がなかったのだろう。