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01-7.
クリスはぬいぐるみを抱き締め、目を閉じた。
……僕もあの女と同じだ。死ぬまで利用されるんだ。
必要最低限の荷物を与えられ、今日中には娼館に連れて行かれるだろう。
家を追い出された異母妹たちの母親と同じだ。彼女も娼館に売り飛ばされ、数年後には流行病を患い、命を落としたと聞いたことがある。
クリスも同様の運命なのだろう。
同性相手に性的な仕事を強いられることを考えれば、更に過酷な仕打ちが待ち構えているかもしれない。
想像することさえもできない日々を考えてしまう。
……でも、いいんだ。
まともな死に方はしないだろうと覚悟はしていた。
……呪いを克服できたから。
クリスには家族にも言えない秘密があった。
それは何度も繰り返されるクリス・チューベローズの最大の秘密。
クリスはいつだって子爵家の次男に生まれ、魔力に恵まれ、学院に通う。
そして、身分を乗り越えて愛を知る。
学院を卒業すれば物語は終わりだと言わんばかりに、入学前日に戻ってしまう。それはクリスにとっては呪いとしか思えなかった。
……それに、やっと、レオ君を救えた。
何度も学院生活を繰り返し続ける運命にあったクリスとは、なにもかも、対照的な存在だったレオナルドに思いを寄せる。
レオナルドもまた運命に翻弄される存在だった。
……運命は変わるんだ。
クリスを縛り付けていた呪いは消えた。
……僕も、レオ君も、バカげた運命なんかに翻弄されなくていいんだよね。
本来ならば、入学前日に戻るはずだった卒業式を乗り越えた先にあったのは、クリスにとっては絶望の日々でしかなかった。
恵まれた魔力は枯れ、誰もが興味を失ったように離れていった。
それでも、世界は戻らない。
クリスだけを取り残して世界は動いていく。
「クリス様。お荷物の準備が整いました」
アーロンの感情の籠っていない声を聞き、閉じたばかりの目を開けた。
「……ずいぶんと仕事が早いんだね」
渡された荷物を受け取る。
鞄が一つだけだ。
鞄の中を覗けば、クリスが大切にしていた宝石が二つだけ入れられている。
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