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4 通じ合う心

 螢の体調は順調に回復し、二人の仲は元通り以上に親密になった。中断していた勉強も再開し、休みの日は街へ出かけ、雪の日には雪遊びをした。人混みで手を繋ぎ、人目を忍んで口づけを交わした。唇を離した後、螢がはにかみながらそっと身を預けてくるのが、毎回愛おしくて堪らなかった。    今夜もまた、凛一郎の寝室でこっそりと口づけを交わす。ランプの火が妖しく揺れる。湿っぽい息遣いと、逸る鼓動しか聞こえない。   「んっ……ふぁ、ま、まて……」    螢が身を捩り、凛一郎の胸を押し返した。廊下を軋ませる足音が聞こえ、ろうそくの灯りが障子の向こうで止まった。   「坊ちゃん、まだ起きてらっしゃるんですか。私は先に休ませていただきますよ」 「ああ……おやすみ」 「坊ちゃんも、早くお休みになってくださいね」    そう言うと、キヨは行ってしまった。二人もそろそろ寝なければいけない。名残惜しそうに立ち上がろうとする螢を、凛一郎は胸に抱き寄せた。   「凛一郎……?」 「すまない。その……もう少しだけ……」    螢の温もりは格別だ。細いのに安心するような抱き心地で、匂いも素晴らしい。髪の生え際や耳の裏など、甘くて美味そうな匂いがする。頬の柔らかさなども極上で、白玉のようにすべすべしている。こうして頬擦りをしていると、どんどん心が満たされていく。なのに、まだ、何かが足りない。   「り、凛一郎……」 「すまん……寝なくてはな……」    けれどどうしても離れ難い。凛一郎が手を放しても、螢は離れていかない。心なしか瞳を潤ませて、何か言いたげにじっと凛一郎を見つめる。二人の視線が絡み合うこと数秒。    凛一郎は螢を押し倒していた。干したての布団の上、手足を絡ませながら唇を重ねる。歯列を、上顎を、頬の裏を隈なくなぞり、貪るように舌を絡め、激しく唾液を混ぜ合わせる。まるでこれからすることを予感させるような接吻だ。    互いに舌を入れる口吸いを、今までも何度かしてきたが、それらはもっと上品なものだった。こんな獣のような口吸いは初めてだ。螢の味を、匂いを、息遣いを、口いっぱいに感じる。神経を直接刺激されているみたいで、くらくらする。   「っ、ふ……ん、ぅん……っ」 「はぁ……螢……」    呼吸を整えるために一旦口を離せば、唾液が糸を引いていやらしく光る。螢の唇も唾液で艶めいて、赤い舌が誘うようにちらちら覗く。凛一郎は再び口を塞いだ。舌を捩じ込み、器用に口内を探っていく。螢も舌を伸ばしてきて、一所懸命凛一郎の舌を追いかける。それを捕まえてきつく吸ってやると螢があえかな声を漏らすので、ますます息が荒くなる。    腰が痺れて堪らない。ぞくぞくする。口吸いとはこんなにも気持ちいいものなのか。これ以上我慢できそうにない。下のものが兆してきた。螢も同様だ。自然と腰が揺れている。着衣ではあるが兜合わせのようになって、敏感な場所が刺激される。凛一郎も自ら腰を振り、屹立をぐりぐり擦り付けた。灼けるような性感が高まっていく。   「っ、はぁ……、く……ぅ」 「ぁ、や、ぁ……ん、んぅっ……ぁ、あ」    呼吸も鼓動も共鳴している。二人で一緒に同じ高みへ上り詰めようとしている。そう思うだけで、体温がさらに上昇する。寒いのに暑い。大粒の汗が滲むほどだ。   「あっ、ぁあ、やっ……り、ちろ、だめだ、おれ、もう……っ」 「俺もだ……くっ」    螢を強く強く抱きしめた。螢も、凛一郎の背に腕を回して抱きしめてくれた。途端、体が激しく痙攣する。褌の中に、欲望の塊をぶち撒けた。    達してからもしばらくは抱きしめ合ったまま腰を震わせていた。余韻に浸りながら啄むような接吻をし、ゆるりと舌を擦り合わせた。唾液が溢れて垂れてしまっても、構わず口を吸っていた。   「り、ちろ……すき、だ……」 「俺もだ。愛してる」    凛一郎は螢の着物の裾を開け、褌に手をかけた。きっちりと締められているが、中心が盛り上がってじっとりと濡れている。   「君の全てを知りたい」    螢が小さく頷くのを確認し、凛一郎は褌を解いた。螢は恥ずかしそうに目を伏せ、もじもじと膝を擦り合わせる。   「あ、あんまり……見ないでくれ……」 「……なぜ」    敢えて尋ねると、螢はむっと頬を膨らませた。   「そんなの、決まってるだろ。意地悪言うな」 「ふ、すまない。でもこんなに綺麗なのに、見るなという方が無理だ」 「なっ……!? ば、ばかなことを言うな……」 「馬鹿じゃない。綺麗だと言ったんだ」    透き通るような白い肌も、すらりとした四肢も、括れた腰も。案外しっかりした肩幅も、胸の厚みも。全てが艶めかしく、この世の何より美しい。局所だけはほんのりと色付き、白い肌に映えて印象的だった。   「……君は、毛が薄いのだな」    剥き玉子のようにつるりとした下腹部をそっと撫でると、螢はくすぐったそうに身を捩る。   「こ、これから生えるんだ……! と、いうか、お前ばかりずるいぞ。おれにも見せろ」    螢は勢いよく起き上がると、凛一郎の褌を取り去った。そしてまじまじと凝視したかと思うと、顔を真っ赤にして目元を覆った。   「な、なぜ君が恥ずかしがるんだ!」 「だ、だって……お前の、こんな風なのかと思って……」 「な、何か変か? おかしいか?」 「ちがっ……その……男らしくて、素敵だと……」    確かに毛も生え揃っているし、螢のものと比べれば幾分大人のそれに近いが、まさか褒められるとは思っていなかった。俄然やる気になってしまう。凛一郎は再び螢を押し倒し、優しく接吻をした。これからこの人を抱くのだと、そう思うと凄まじく興奮した。   「……いいか?」    あくまでも紳士的に尋ねる。螢が息を呑むのがわかった。   「ああ……来てくれ」    股を割り、ゆっくりと挿入した。一息に貫きたいのを我慢して、とにかくゆっくり、優しく優しくと心の中で唱えながら、凛一郎は腰を進めた。中は火傷しそうなほど熱く、そして甘く蕩けていて、呼吸に合わせて食むように締まる。意識して踏ん張っていないと、すぐにでも達してしまいそうだった。   「んっ……ぁ、おく……」 「っ……全部、入ったぞ」 「ああ、わかる……お前の、ここまで来てる……」    螢はうっとりと呟き、腹を撫でた。   「お前を感じる……凛一郎……」    しばらくは動けなかった。今動いたら三擦り半と持たずに終わってしまいそうだったし、何より乱暴にしてしまいそうだった。我武者羅に腰を振りたくりたいのを我慢する。螢を傷付けたくはない。ただじっと、繋がったまま抱き合って、時折接吻を交わした。目が合うと螢が幸せそうに微笑んでくれ、凛一郎はそれだけで満たされた気分になった。    結局数往復で果ててしまったが、お互いにもう十分満足だった。その晩は一枚の布団で寄り添って眠った。螢の温もりが心地よかった。    *    神聖な儀式のような交合(まぐわい)を終えて、それから二人は父のいない夜を見計らっては秘めやかな逢瀬を重ねた。接吻から始まり、口を吸い、手淫や口淫を経て、挿入に至るというのが、いつもの一連の流れだ。初めての時は螢が事前にぬめり薬を仕込んでおいてくれたために滑らかに事が進んだが、最近では凛一郎が頼み込んで準備をさせてもらうことが多い。   「……こうか? 痛くないか?」 「っ、大丈夫……大分慣れてきたな……」 「君が丁寧に教えてくれたからな。それに、君の好い場所もだんだんわかってきた」    指を鉤状にして、くい、と胎内のシコリを擦ってやると、螢は腰をビクつかせて敷布に縋り付く。仄かに色付いた蕾は蜜を零し、切なげに震えている。   「やっ、そこは……!」 「ここがいいんだろう? かわいいぞ、螢」 「ばっ……そ、そういうことを言うな、恥ずかしい奴……」 「俺は思ったことしか言わない。君が感じてくれると嬉しいし、もっと色々な君を見たいと思う。貪欲になってしまうんだ。許してくれ」    そんなことを言いながら、二本の指で挟むようにしてシコリを責めた。ぬめり薬を塗り付けながら引っ掻いたり押し潰したり、とにかくしつこく愛撫する。螢はもう堪らないという風に大股を開いて、いやらしく腰を揺らめかせる。   「ひぅ……くっ、ぅん……やっ、ぁ、りんいちろ……っ」 「気持ちいいな、螢」 「ちがっ……きもち、けどっ……なんか、ぁ、へんだ……っ」    見たところおかしな点はない。ただ、まだ指一本触れていない局部が、限界まで張り詰めて震えている。   「ぁ、や……でちゃうっ、でちゃうぅ」 「出……? ま、まさか、尻でイクのか?」 「あぅっ……ゃ、やぁ……も、だめっ……だ、め……っ!」    切羽詰まった声で喘ぎながら、螢は弓なりに腰を反る。男の象徴は、やはり限界とばかりに小刻みに震えている。凛一郎はほとんど無意識のうちに、それを口に咥えていた。途端、激しく腰が痙攣して、口の中に粘着いた温かいものが広がった。   「っ……は、ぁ……あ……っ」    余韻に体を震わせつつ、螢はぐったりと四肢を投げ出した。苦しそうに胸を上下させ、訳がわからないというように目を瞬かせる。   「ぁ……な、に、いまの……?」 「……こういうことは初めてなのか?」    凛一郎も驚いて尋ねると、螢はこくりと頷いた。   「い、つもは……こんなの……」 「では、俺が初めてなんだな。光栄だ」 「ああ、はじめて……こんな、すごいの……」    ぼんやりしていた目の焦点がだんだんと合ってくる。螢は凛一郎の口元を見て、思い出したように言った。   「そういえば、口に出してしまったが……」 「安心してくれ。責任を持って全部飲んだ」 「飲ん……!?」 「別に普通のことだろう。君だって時々俺のを飲んでくれるじゃないか」 「お、おれはいいんだ! 飲みたくて飲んでるんだし……お前は真似しなくていいんだ」 「それなら俺だって飲みたいから飲んだだけだ。それに君の精液は、何というか、まろやかな味がして案外悪くないぞ」 「っ……!?」    螢は信じられないという目をし、ただでさえ赤い顔をさらに真っ赤に火照らせた。   「お、お前……やっぱりちょっと変わってるな。おれなんかの体を綺麗だと言ったり、精液を美味いと言ってみたり……」 「嫌いか?」    螢は唇を引き結ぶと、恥ずかしそうに目を逸らした。   「……嫌いじゃない」 「そうか。よかった」 「……好きだ。凛一郎」    螢は抱っこをねだるように両手を差し出す。来てくれ、と。言わなくても心で伝わる。凛一郎は螢を抱きしめて、今夜も二人は一つになる。

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