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■02:Security guard

 やっと見つけたのに逃げられた。  と至極素直に報告したら後輩に爆笑された。  いや笑う気持ちはわからんでもないがもうちょっと先輩兼相棒を敬えよマキセ君、と俺は思う。 「うははははッ、は、がはっ、ふ、だ、ダサ! ダサい! ダサいっすマエヤマさんあんな旧式捜査方法で寝る間惜しんで画面とお友達してたっつーのに、うは、はははげほっ、にげ、にげられ、ふはっ」 「いや笑ってもいいけどもうちょい穏便にこう、気を使って笑ってくれよマキセ。おまえには情けってもんがないのかよ」 「あーないッスねぇなんすかそれおいしいんですか。そんなレトロな感覚オレにはないッス若者なんで」 「三歳しかちがわねーでしょ二十五超えたらもう若かないっての」 「いやオレまだ大台じゃないんで。切り捨てたら二十歳なんで。頭の数字まだ二なんで。マエヤマさんとは立っているステージが違うんで」 「だったら年上敬え若者」  なんて言ったところでどうせマキセの態度は変わらない。まあ俺はマキセの軽口は嫌いではないので構わないのだが、とりあえず上の人間がいる時だけは神妙に口を閉じていてほしいなぁと思う。  二十七歳でC25セキュリティガードに就任しているマキセはわりと有能だ。こいつのアバター改造能力は、所内の誰もが一目置いている。マキセにかかれば整形できないアバターはないし、俺のフルアバターも通常アバターもマキセ造形仕様だ。  そんな出来る男マキセだが、残念ながら口があまりよろしくないのが玉に瑕すぎる。  わざと加工したギザ歯と、誰に対しても睨むような目つきの悪さが目を引くし、普段は結んでいるとはいえぱっつりと切りそろえられたおかっぱ頭も中々にアバンギャルドな部類だろう。仕事で外見を問われる事は少なくなってきたとはいえ、ここが田舎だったならば間違いなくこの職場から追い出されている筈だ。  黒髪に黒目で平凡眼鏡のザ・日本人外見の俺とはまったく別の人種だが、なんと俺たちはバディとしてそれなりにうまくやっていた。 「しゃーないだろログアウトされちゃったんだから。まさかあんな急に同期ぶっつり切られるとは思わないだろ普通……」 「あー。フルアバターに入ってると普通に帰ってきてもめっちゃぐらんぐらんしますもんねー。オレ一回ぶっつんログアウトした事ありますけどハチャメチャ吐いたわそう言えば」 「視覚が急に戻るとねーどうしてもきっついよな。俺も最初結構酔った。何も逮捕だとか言ってるわけじゃないのに、なんであんな必死に逃げるかなー」 「やっぱ犯罪に使う気なんじゃないっすか? わーマエヤマさん犯罪デビュウだやべーやべー式典どころの話じゃねー」  全くだ。全くすぎて笑えない。仕方なく俺は、ズレた眼鏡を直すふりをしてため息を誤魔化した。  二〇三五年度の全国警察官連盟の設立式典は、来月に迫っている。  二〇〇〇年代の世界恐慌や政権交代に揉まれ一度解体した警察機関は、二〇二八年にようやく一枚岩の機関として再設立された。その再設立を祝うありがたい式典なわけだが、俺達現場の人間からしてみれば学校の校長の話を聞く集会的イメージしかない。  例年我々湾岸三区COVERセキュリティガードチームは、湾岸区警察と共にこの式典に参加する。普段の警備用制服とは別の警官制服を引っ張り出して着用する事になるので、大体この時期はみな腕章がないやら夏服の予備を貸せやら、馬鹿馬鹿しい理由で騒がしくなる。  しかしながら今年は別の理由で、慌ただしい準備に追われていた。  何故か今年の式典は、我々の管轄であるC25内で行われる事となったのだ。  海上都市第三湾岸区、というのがこの場所の正式名称として登録されている。しかしこの住所を口にする人間は少ない。この都市に住む人間や訪れる観光客は、この東京湾岸の人工島の事を、C25と呼ぶ。  これは『COVERCITY25区《フェカエア》』の略称である。  この街の華やかな装飾の多くは、つまるところ幻想だ。  虹色に光るアミューズメントエリアの看板も、浮き出る喫茶店のエフェクトも、交差点で飛び交う色とりどりの広告型風船も、全て拡張現実システム『COVER』が見せているAR(Augmented Reality)だ。  世界にCOVERを被せるように、情報と色どりを。というのがCOVERのコンセプトである。ARというのは要するに、現実世界にバーチャルな視覚情報を融合する技術だ。  街行く人々はCOVERの拡張現実を体感するために、視覚端末眼鏡またはコンタクトを身に着ける。その端末を通して現実世界に映し出された様々な映像プログラムを、まるで現実に存在するかのように見ることができる。  そして人々の外見さえも、『COVER』は巧妙に彩る。  この街を闊歩する人々の姿も、ほとんどが現実の姿ではない。拡張ツールを通して俺たちが認識しているのは、本人が設定したCOVER専用アバターだ。  勿論アバターでなくても街は歩けるが、今やほとんどの国民がCOVERアバターを設定している。COVERアバターなら実際の服を変えなくても、気軽に派手な見た目を楽しめる。簡単なお洒落と言った感覚だ。両手と両足と耳に動作読み取り・出力用の端末リングを付けるだけでいい。  COVERアバターならばCOVERが作り出すホログラムの世界に触れる事が出来るし、端末読み取りリングがあれば素手でも情報映像に触れる事は出来る。勿論それは映像でしかないので感触などはないが、生身の身体では情報を掴むことも放り投げる事もできない。  目の前に表示される個人宛てのテキストメッセージを掴んでゴミ箱ツールに放り投げる、なんてこともできるのがCOVERの面白いところだ。  COVERはただの体感型アミューズメントではない。ビジネスシーンやサービス業にも活用され、今や国民の生活に欠かせないシステムとなっている。  COVER内では古くはインターネットに代表される情報網システムが、手ぶらで、手軽に展開できる。  他人とのメッセージのやりとりも、タブレットなど無しに簡単に行える。COVER内では目の前の空間すべてが情報を表示するスクリーンだ。情報スクリーンは他人と共有することも、個人的に自分の目の前にだけ表示することもできる。  液晶端末など要らないし、マウスもタッチペンも要らない。キーボードなどなくても、音声でCOVER専用アシストであるPALを呼び出せば、後はPALが全てを片付けてくれる。  拡張現実COVERを展開するには専用の施設かモデムが必要になる。通常は店舗または個人でこれを利用しCOVERを使用するが、このC25は日本で三つしかない『街全体がCOVER使用区間』である実験都市のひとつだった。  住人は常にCOVERの拡張現実の中に居る。アバターを纏い、現実と拡張現実の中間を分け隔てなく体感している。そしてそのC25内において、COVER内の不正や問題を解決する特殊警察機関として存在しているのが、我がセキュリティガードチームなわけだ。要するに、COVER地区専用のおまわりさんなわけだけど。  話を戻そう。  今回はC25内で式典やりましょうよー、まではまだいい。まだわかる。というか別に何の問題もない。  どうやらCOVER本社も日本の需要を見込んで、実験都市を増やす提案もしているようだし、こちら的にも普段中々実感していただけない実験都市特有の問題点を直々に訴える素晴らしい機会でもある。あるんだが、問題は何故か我々セキュリティガード職員全員が普段実用している『フルアバター』での出席を求められた事だった。  フルアバターとは、通常の人間が被るアバターとは違い、個別で動くことができる。要するに『中の人がいないプログラムアバター』だ。  そんで俺のフルアバターは、先日ハッキングからのなり替わりくらって盗難されて、現在全く知らん身元不明の人間に使われているっていう死ぬほどやばい状態だった。  ちなみにこの時点でマキセは死ぬほど笑っていたし、なんなら所長にも割とガチで笑われた。笑いごとじゃないんだけど。いや俺が悪いんだけど。全部俺のせいなんだけど。  なり替わられた時点でフルアバターの全ての権限は切ったし、俺のPALは使えなくなっているはずだ。まあその辺しっかりやったから、制服奪われましたー程度の案件で済んではいた。  しかしながら式典にフルアバター強制出席と言われたら話は別だ、これはまずい。  何度目かわからないため息を飲み込み、俺は耳の後ろのコードを叩く。この仕草はアバターのオンとオフの共通スイッチアクションになっていた。  俺とマキセが夕刻のひと時雑談を繰り広げているのは、C25セキュリティガードチームの活動拠点であるセキュリティセンター内だ。勿論C25内にあるわけで、いつでも拡張現実の中にいる。  トントンと耳の後ろを叩いた俺の頭と四肢の末端から、アバターが覆っていく。  三秒も待たずに、冴えない眼鏡のセキュリティガード職員は、キャスケットとゆるいティーシャツの男になった筈だ。 「……通常アバターで出席したらバレるかな……」  プログラムの帽子をかぶり直し、腕を組む。両手両足と耳にひっかけた拡張現実アバター端末が、俺の動きを拾ってアバターに反映させている。 「いやーバレますっしょ。まーマエヤマさんの通常アバター、今はフルアバターと同じ顔っすけど。でも一緒なの顔だけっすよマジで。オレ達のフルアバター、耳の後ろの認識コードねえし。要するにガワだけだし。照会されたら完全にバレる。モロバレる」 「だよねぇ……ダメだよねぇ……」  COVER用のアバターは通常、自分に被せて使う。つまりファッションアバターだ。フルアバターの使用は一部の人間と、俺達セキュリティガードにしか許されていない。  人々は好きなアバターを設定できるが、実はこれには制限がある。過度な身長体重の変更と基本的な顔デザインの変更は認められていないのだ。性別に関しても、特別な場合を除いて変更は不可となる。  これは顔を変えた犯罪の防止の為だ。マスクのように気軽に整形できてしまうと、犯罪者は逃げる際にアバターの設定を変えるだけでいい。それはまずいということで、一度登録されたアバターの顔は変更できないし、個人情報コードと紐づけられている。  フルアバターの利用制限も、単純に犯罪防止の為だ。そこに居なくても操作できる人間型のプログラムなんて犯罪者の格好の餌食だ。いくら実際の物に触れる事ができなくても、活用方法など山ほどある。フルアバターの自由解放は危険だ、とCOVER日本支社は判断したわけだ。  COVER内では、アバターを切り離して操作するコードが一部特定のアバターを除き、すべて無効になるように設定されている。  フルアバターがほしければ、俺たち『一部特定の人間』から奪うしかない。 「フルアバターは原則職員一人につき一体っすからねー余ってるわけもねえし。新しいの申請したんじゃないんすか?」 「んー。してみたけど審査が厳しすぎてちょっと通るか微妙だねアレ。なんつっても故障しましたーとかじゃなくて盗難されましたーだしな……前例として無くはないみたいなんだけど、大体そういう時って重大な犯罪に使われちゃうもんで、審査通る前に俺が停職しちゃうかも……」 「うっわ勘弁。勘弁してくだーさいオレマエヤマさん以外と組むの死んでも嫌っすぜってー言葉が通じねえっつうか意思の疎通に五倍は時間かかる。はよ泥棒猫見つけてさっさと奪い返してクダサイまじで」 「俺もそうしたいよ。……つーわけで可愛そうな先輩の為に残業してほしいんだけどマキセ君」 「いいっすけど残業代は請求しますよ」  お前ホント見かけによらずいい奴だな、と思ったが言わなかった。怒ると困るし。マキセそんなに心狭くないの知ってるけど。  ぐるぐる回るタイプの椅子の上で、マキセは長い足を組み替えてこちらを見上げる。 「で、やっと見つけたっていうステルスマエヤマアバターのスクショ見せてくださいよどれっすか。あれっしょ、監視カメラログの顔認識検索も引っかからなかったんでしょ。何それ超ステルスじゃん」 「だからわざわざ自分の目で探すしかなかったんだよ、PALの顔認識に引っかからなかったから……」 「はークソウケる。なにそれスーパーハカー様か。んで、スーパーハカー仕様ステルスマエヤマアバターは一人でふらっふらしてたんすか?」 「いや連れが居た。から、そっちの子の個人コードからまずは検索しようと思うんだけど、俺のPALちょっと今街中カメラの画像取得にキャパ使っちゃってるからマキセ調べて」 「甘ったれやがってしかたねーなマエヤマさんじゃなかったらオレぁいま唾吐いてついでに暴言吐いてますからね全くくそが」 「暴言吐いてるじゃん」 「これはコミュニケーションっす。はよ出せどれ――ベジタブルガールじゃん!?」  俺がさっと送った画像を見たマキセは、ほとんど目にした瞬間叫んだ。 「え。なにその面白い名前……この派手なツインテちゃん、アニメかなんかのコスプレ?」 「ちげーっすアバターネームっすベジタブルガール。BODY&BRAINって格闘ゲームあるっしょ、あのー西区に。あれ。あのゲームの常連っすわ。身体能力がアホやばいバケモンプレイヤーで一部コアなファンとかいます。これ個人情報コード照会しちゃっていいんすか? 本名戸籍経歴モロ出しになりますけど」 「え、うん。所長には捜査の許可貰ってるから大丈夫。一応公務執行妨害っていうか不正利用だしこの子は重要参考人扱いだから。コードにプロテクターかかってないでしょ?」 「はあ。素ですね。ええと出しますよ共有してください。あ、密室作ります?」 「いやいいよオープンで出しちゃって」  プライベート通信ではなくオープンでの情報共有を許可すると、マキセはハイハイと目の前に写真と文字のデジタル書類を放り投げていく。  それは目の前にまるでカベがあるかのように、ぺたっ、ぺたっと空中に貼りついた。 「えーと、阪堂銀貨。十九歳。……男性?」 「あー、通院記録ありますね。あと通院してる医院からの正式な診断書つきでアバターの性別転換申請許可下りてます。診断書の記載はGID(性同一性障害)。許可ありなんでアバターの虚偽罪にはあたらないっすねコレ。ええと居住区は二十三区かなんだC25の住人じゃないのか」 「COVERのコード認証記録は?」 「あー……C25のエリア移動以外はほとんどないっすね。っつーことは通勤も通学もしてねーのか。個人営業でもなきゃ出勤退勤でCOVERコード認証しますよね今時しねーなんつーことないし、あーでもやったら病院通ってますね。通院してんのか? 倉梯総合医療法人て何の専門っすかね」 「……両親の個人情報コード、書庫に入ってるね」 「え。つーことは戸籍死んでる? 齢十九歳にして両親どっちも死んでる、ってこと?」 「もしくは、戸籍から抹消された人間かな」 「なんすかそれどういう……っあ!? ちょ、待って、倉梯総合医療法人なんか聞いたことあんぞ前にニュースで……PAL! PAL! ニュース出して倉梯総合医療病院で検索! お、早いイイ子! これだ! ッアーそうかこれか! うっわ懐かしいマジかこんなんまだあったのか!」 「あーうん。まだ、あるんだね。俺たちにとっては懐かしい事件でしかないけど、そりゃ、この人たちにとってはまだ続いてる現実だ」  マキセの目の前の空間で、当時のニュース映像が再生される。  古いファッションスタイルのアナウンサーが、神妙な顔で用意された原稿を読み上げ、バックには医師らしき人物の会見場面が流れる。  二〇〇〇年代は怒涛の時代だ。国家の財政が破綻寸前まで崩壊し、世界恐慌の波が世界を飲み込んだ。政権が変わったタイミングで、世界的に流行した感染症が日本を襲い、一時期流行ったVRはある日を境に衰退し、今はARシステムCOVERが情報通信の最大手となった。  世界は変わる。時代は驚くほどの速度で変わっていく。  ニュースは常に人々の関心を引くショッキングなものだけを追いかける。けれど忘れられたニュースにも、続きがある。世間に忘れられようと、ひっそりと戦う人々はいる。 「倉梯総合医療法人の二〇二九年公開臓器移植患者リストに阪堂英子、阪堂和也、両名の名前を確認。……阪堂銀貨の両親は、ドナー被害者だ」  わぁ、とマキセの口から軽薄な声が上がった。それでもこの男が発する声の内、これは随分と気を使ったものだった。

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