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2-Prologue01■B.G

 2035年の世界は騒がしい。  ひっきりなしに鳴るPALの着信通知は、私の世界の騒がしさの筆頭だ。  あまりにも煩すぎて流石に『どうでもいい』なんて強がりは言えなくなって、マエヤマさんに許可を取って特定アカウント以外の通知を拒否した。それからは随分と静かになったけど、それでもやっぱり、私のまわりは煩わしい事で溢れている。  人間の生活にはターニングポイント、というやつがあるらしい。頭の悪い私の代わりに私のPALが教えてくれた和訳は、変わり目、転機、分岐点。要するに人生が変わった瞬間のことだ。  私にとってのターニングポイント、分岐点。それはたぶん、思い出せるだけで三回あった。  一度目、両親が揃って口のきけない肉塊になった日。  二度目、肉塊の中から親友になる男が目を覚ました日。  そして三度目は、私が私の両親だった肉塊を殺した日だ。  ――あの夏の日から、私の人生はとても騒がしくなった。  自分が下した決断だ。自分が選択した未来だ。後悔をしていない、とは言わないけれど、泣くほど辛いとは思わない。私はすぐ泣く。私はすぐ怒る。それでも息をするだけの親だったモノに関しては、もう何の感情も浮かばない。たぶん、長い時間見つめ過ぎたのだ。  デザイナーズチルドレンがドナー被害者である両親を殺したニュースは、世間的にはセンセーショナルだったのだろう。この国は子供に対してとても過保護で、同時にとても、攻撃的だ。  PALがそろそろ支度をしろ、と通知をちらつかせる。  仕方なく重い身体を起こして、毎朝当たり前のように投げ込まれるスノの音声メッセージを再生しながら顔を洗う、歯を磨く、カロリーブロックをミネラルウォーターで流し込む。  面倒くさくて適当に買った無地のパーカーを羽織ってから、すっかり夏が通りすぎてしまったことに気が付いて、少しだけしんどくなった。  この夏まで、私と親友は誰にも邪魔されない場所に居た。あの箱庭を壊したのは私達だ。けれど、スノはともかく私は居場所を失っただけで、結局何の成長もしてない。ただのふてくされた十九歳のままだ。 「……二十歳になったら、なんか、変わんのかな」  冬を過ぎた頃に私は大人になる、らしい。私の誕生日なんてスノしか祝ってくれないからよく覚えていないんだけど、確か二月だった筈だ。  不器用な洗顔で前髪にしみこんだ水を拭く。タオルを洗濯機にぶち込んでから、鏡も見ずに放り出したままのリュックを掴んで部屋を出た。  部屋を施錠したPALが表示した施設名を見て、何度目かわからないため息が零れた。  私は病院が嫌いだ。ていうか好きな場所なんかほとんどないけど、その中でも病院は特に嫌いな場所だ。カウンセリングも医者も看護師も死にそうな顔をして座っている患者も全部全部全部嫌いだ、それなのに、私の今日の目的地はその大嫌いな病院なのだ。  マンションを出たところで掃除をしていたオバサンと目が合って、慌てて下を向いて足を速めた。  後頭部に突き刺さる視線と一緒に、潜めた声が聞こえてくる。ああ、……うるさい。どうしてこの世界はこんなに煩いのだろう。  私の生きる世界は、騒がしくとても煩い。  スノと過ごした病室の静寂が、少し、懐かしい。

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