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2-03■fit into

「美津杜メディカルセンター全職員、および福祉ボランティアプログラム第十二回受講者全員の経歴、本日の素行をすべてりすとあっぷしました」  僕の報告を受けたマエヤマさんは、デリの唐揚げをしっかり飲み込んでから『お疲れ様』とほんの少しだけ微笑んだ。  まったくもってこっちの台詞だ。いつもマエヤマさんは逐一ありがとうとかお疲れさまとか、労ってくれるのだけれど、僕は彼のPALなので彼の為に情報整理のお手伝いをすることに関しては『当たり前』なのだ。  更に今日は、ほとんど僕の我儘にマエヤマさんをつき合わせていると言っても過言ではない。  放っておけばいい。ギンカだって子供ではない。セキュリティガードも警察もきちんと責任をもって彼女の身辺を護っている――ことは知っているし了解しているが、やはり、イレギュラーなことが起こると僕は気が気でなくなってしまうのだ。  ギンカは今日から、美津杜メディカルセンターの福祉ボランティアプログラムを受講していた。  特に問題なく登院し、揉め事の一つもなく見事に彼女は一日目のプログラムを終えた。と言っても内容は簡単なオリエンテーションと顔見せを兼ねてのグループ分けだけだ。本格的なボランティア活動は明日から始まるのだろう。  ギンカの行動は、まったく問題なかった。パーフェクトな模範生徒だった。  問題は、彼女の帰宅途中――唐突にギンカのPALがハッキングを食らい、セキュリティソフトが警告を鳴らしたことだ。  すぐさま僕はマエヤマさんに報告、退勤後だった彼は夕飯を口にしながらも僕とギンカの為に、ハッキングをしかけてきそうな人物の洗い出しを開始してくれた。  名目上の保護者とはいえ、ハッキングなどという明確な犯罪については警察機関に任せていい案件だ。そもそもC25管轄外の不正は、セキュリティガードの仕事ではない。  それなのにエヤマさんは、ギンカのCOVER不正接触の操作許可を取ってくれた。昨日もチキン南蛮を食べていたのだから今日の夕食は唐揚げではなく魚にするべきでは、などと思っていた僕だが、しばらくマエヤマさんの食事内容については目を瞑ろうと誓う。  マエヤマさんは僕が表示したリストにザっと目を通すと、もぐもぐと唐揚げを食べながらも、手にした割りばしでざくざくリストを削っていく。 「えーと……これと言ってアヤシイ人物はまあ、いないか。いないね。怪しいっていうか若干ヤバいのはちらほらいるけど、そもそも軽犯罪者が多いからなぁこういうプログラムって……ギンカちゃん周りに干渉しそうな企業とかは、うーん、見当たらないね」 「そうですね。強いて言えばシノウラソラコが個人的には気になりますが」 「シノウラ、シノウラ……ああ、この子。帰りに一緒に居たね」 「はい。C25内に居住、実家は電化製品修理店ですね。シノウラソラコの受講理由は社会性の充実を目的とした経験補助、とありますが、どうも彼女はアンダーグランドに潜るのが趣味で何度か教師に注意されているようです。その辺の素行による減点を、ボランティアプログラムで補うための受講ですね」 「十七歳すげーなぁ……俺、十七歳の頃何してたっけ……?」 「マエヤマさんの学生時代の記録はほぼ部活動ですね。シノウラソラコが手持無沙汰にCOVERで悪ふざけをしているのと同等の時間を野球に捧げていたものと思われます」 「スノくん相変わらずノータイムで俺のストーカー情報投げてくるから好きだよ。えーと、でもまあちょっとCOVER関係の素行が悪い女の子ってだけで、別にギンカちゃんに害をなすような動機はないんじゃない?」 「……どうでしょうか」  ここから先は、僕の推察に過ぎない。  そのことを先に断り、僕は手元のデータから読み取れる事実を告げた。 「シノウラソラコはデザイナーズチルドレンです」 「え。……シノウラさんの家って、篠浦電器店でしょ? 西区のあのーいかついオッサンがやってるトコ、俺もたまに顔出すけどデザイナーズ作れるような資産状態には見えないけど……」 「篠浦電器店は仰る通りの自転車操業です。シノウラソラコは実子ではなく、十年前に引き取られた孤児ですね。尚、彼女は十二歳で出場した身体補助機械コンテストで失格、受賞はく奪されています」  理由は、本人の社会性の欠如でも、違法な手段を用いた為の反則でもない。虚偽申請による出場資格の取り消しだ。 「彼女が参加した身体補助機械コンテストは、デザイナーズチルドレンの参加を認めていませんでした。そういうスポンサーがついていたのかどうか、そこまでは知りませんがとにかく事実として、デザイナーズの参加は認められていない。失格の理由は『公平性に疑問がある為』。シノウラソラコはデザイナーズチルドレンだという事実を明記せずに参加し、優秀賞を取ったのちに全ての賞を剥奪されています」 「うーん……いや、まぁ、そりゃ、女性の競技に男が出たら公平性に疑問は出るだろうけど……なんでもかんでも平等が正義でもないだろうに」 「僕は時代錯誤な考えだと思いますが、世界は多彩な人々で溢れていますから、そういう考え方のグループが存在している、という事実は現実のものとして受け止めています。これは僕の考えであって、シノウラソラコがこの差別的措置に対してどういう感情を抱いたかまではわかりません。ただ、なにかしら思うことはあったものかと。……以降、彼女はデザイナーズチルドレンであることをほとんど公言することなく、全ての教育課程をオンラインのみで修了しています」 「秀才なのは確か、ただし変人もしくは心に傷アリって感じかな。彼女がギンカちゃんを恨んだり、ちょっかいを出したりする理由があるとしたら、デザイナーズチルドレンそのものに対する悔恨かぁ……。もう一人のえーと……ノマさんは?」  ノマクロフネはアイドルグループ『デジタルクロック2×2』、通常クロヨンで主にダンスパートを担当していた。  過去形なのは、すでに退職していたからだ。表向きには休業と告知しているが、ノマクロフネは二ヶ月前に芸能事務所を辞めている。 「ノマクロフネ本人に関しては、驚くほどに品行方正です。福祉ボランティアプログラム参加者の中では、奇跡のような前科の無さですね。彼女の参加理由は心療内科治療の一環とのことですから、対人恐怖心などを和らげる課程なのかな……僕はカウンセリングや人の心の機微に関しては完全に素人なのでなんとも言えませんが、荒療治では? という疑問が少々湧き上がる程度ですね。ただ、本人は問題なく素晴らしい淑女なのですが……どうやら、厄介なファンがストーカー化している模様です」 「おん……有名人ってやつはほんと大変だな……。じゃあその周りのやばい奴がギンカちゃんに目をつけたっていう可能性もあるのか。あー……まぁ、ギンカちゃん、アバターオフにしてると普通に年頃の彼氏っぽいもんな。なんかやたらと意気投合してたみたいだし。好きなアイドルでも被ってたのかな?」 「あー……それが、どうもノマクロフネは、デジタルフィギュアとアバタースクショのコレクターらしくて。……ギンカに声をかけたのは、ギンカのアバターのスクショを撮りたかったのが動機のようです。どうやら4℃というアバター造形師の大ファンだということですが。――聞き間違えでなければこの4℃という方、僕の知っているバケモノアバター造形師でしょうか」 「……マキセ、変なとこで変なファンつけてんだよなぁ……」  そういえばマキセさんは、BB内でも異常にファンとアンチを量産していた筈だ。  マキセヨンド、PALネーム:4℃。アバターネーム:SHARK。今朝も技術課に出向してくださり、ウルマ主任と直接遠隔で喧嘩しながら気持ちの悪い速さでコードを書き連ねていた。 「ギンカちゃんはマキセに懐いてるもんね。そりゃ、共通の人間がいれば話も弾むかー」 「……懐いている、というか、あれは、懐いているんでしょうか……?」 「まあ、確実に嫌いじゃないでしょ。他人に興味があるのはいいことだよ、相手がマキセなのはちょっとどうなの他に居なかったの本当にいいのそいつでって思うけど。そこまで明確な感情にまで、育ってないかもしんないけどね。ギンカちゃんは、あー……情緒がなぁ……もう、ほんと希薄で心配になるからさ」  わかる。……僕が言うのも何だけど、本当にわかる。全くもってその通りだ。  ギンカは感情が希薄だ。というか自我が希薄だ。よく怒る、よく泣く、彼女の感情はとてもふらふらしていて安定しない。そしてプライドというか、自己がとてもぼんやりとしている。  思えばギンカが泣いたり怒ったりするとき、その主語はいつも僕だったような気がする。自分が貶されても、差別されても、ギンカはまるで他人事のようにそっぽを向くだけなのに、その対象が僕になると途端に感情をむき出しにする。  僕はギンカの感情の出力だったのかもしれない。  二人きりの世界はそれでもバランスが保てていた。でも今の僕は、ギンカの隣でどうでもいいことにまで口を出す生活に戻れないし、ギンカも社会に少しずつ足を踏み出している最中だ。  どうもギンカは、マエヤマさんに対しては信頼を、マキセさんに対しては――正直歓迎すべきかさっぱりわからないし僕自身どういう気持ちになったら正解なのか全然わからないのだが――淡い恋慕のような感情を持ち合わせているらしい。  …………いや、まあ、いい人だとは思う。本当に。見た目よりも本当にいい人だし、なんならマエヤマさんよりも常識人だと思う時すらある。  僕の人権について最後まで本気で怒っていたのはマキセさんだった。  僕が自分のことを特に感慨もなく無機物扱いするたびに、微妙な顔をして五回に一回くらいはそういうのやめろと言ってくれるのも、マキセさんだ。  いい人だ、とても。……ただ、どこに惚れたのかはたぶん一生わからないし、ギンカに聞いても答えてくれないだろうな、と思う。そういう話を、ギンカはしない。もしかしたら僕と通話することすら遠慮しているのかもしれないが、個人的にはさっさと相談してくれたら楽なのに、と思っている。 「とりあえず、今のところ犯人はコイツだ! って言えるような根拠は見つからないね。もどかしいけどしばらく様子見するしかないか……もういっそC25に住んでくれたら楽なんだけどなぁギンカちゃん……」 「居住申請は先日却下されたばかりですからね。そもそもC25区への転居はハードルが高すぎます。宝くじで特等を当てるようなものですから」 「となると簡単なのは結婚か就職かぁー。……いやぁ、マキセお買い得だとは思うし個人的には若い子の恋は応援したいけど、C25転居の為に結婚しなよって後押しするわけにも……いかないしな……」 「そんなことを口にしたらマキセさんにまた『先輩、マジ人としてどうかと思う』と言われてしまうかと思われます」 「ふはは。はー……言われるわ……笑いごとじゃないね、うん、人間性をもう一度勉強したい……」 「僕的にはぶっとんだ発言を真顔で繰り出すマエヤマさんを歓迎していますよ。周りが引いてくださればライバルが減ります」 「こんな俺の全部が好きって言ってくれんの、スノくんだけだよ本当に」  一旦ギンカの話は中断し、マエヤマさんは食べ終わったフードケースを片付けてソファーに深く座る。  ……よく考えなくてもお疲れの筈だ。そういえば今日はマキセさんがほとんど技術課にこもっていたせいで、警備課の通常業務はマエヤマさん一人でこなしていた。  俺は一人でどうにかするから技術課助けてやんなよ、と笑ったマエヤマさんはやっぱりとても格好よかったが、流石に疲労が抜けきらない様子だった。  僕に健康な実体があれば、消化にいい料理を作って肩を揉んでいくらでも労うのに、残念ながらリラクゼーション効果が高いと評判の音楽をこっそり流すことくらいしかできない。僕の本体は、セキュリティガード本社の病室に横たわっている。マエヤマさんは自宅に引っ張って来たいみたいだけど、流石に警備が難しいということで一旦断念しているようだ。  まあ、基本的に僕は四六時中マエヤマさんとCOVER上で繋がっているし、お借りしているフルアバターもできるだけ可視化している。  僕の脳みそに残っているArts Stageの感覚チップも相変わらずきっちりと仕事をしてくれているので、マエヤマさんにとっての僕はただの投影された映像であっても、僕はマエヤマさんの体温や感触を疑似的に体感することができた。故に僕は、ほとんどいつでもマエヤマさんの家に同居しているような感覚だ。  もうお休みになりますか、と声をかければ、ふと零れるように笑ったマエヤマさんにおいで、と招かれる。  ……これを言われた時の僕はいつでも迷う。迷ってソファーの隅に腰かけると、たいていはそこじゃなくて、と笑われて膝の上に無理矢理座らされた。 「……この体勢、どうかと思いますが」 「そう? 俺は三か月経っても膝の上に乗っけたくらいで赤面してくれるスノくんが可愛くて最高だなーと思います」 「ひざのうえに、のっけたくらい……」 「いやー、キスしてもいいならするけど。でも舌の感覚とかって一度脳波取り込まないとうまいこと再現できないんでしょ? 俺その辺うまく理解してるか怪しいんだけど、スノくんがリアルに俺とのキスを体感するには俺が他の誰かとキスすんのが必須になるわけだよなーいやぁ百歩譲ってマキセか? くらいは思ってるけど」 「すごい嫌がられると思いますし僕も嫌です。……まあ、一回くらいなら、と思わなくもないですが……やっぱりマキセさんは嫌です」 「え、なに、オレの悪口?」  唐突に割り込んできた声に、思わず電子の身体を飛び上がらせてしまった。慌ててマエヤマさんの膝上から退こうとしたのに、なぜか抱き込まれて動けない。……個人情報の照会をしている時は一応密室にしていたのだが、気を抜いてセキュリティを一段下げたのが間違いだった。  まるで当たり前のように向かいのスツールに座った鮫歯の女性は、細い足を組んだままニヤニヤと笑う。……本当に、この人のデザインしたアバターは、無駄に本体の癖をトレースしていて感心すると同時に絶妙に腹が立った。 「マエヤマさんとスノっちって普段ちゃんといちゃついてんのかな~って心配してたんすけど、余計なお世話っしたねー。スノっちいいじゃんソコ、オレも未体験のお膝よ?」 「……体験済みだったら困ります。ていうかノックかチャイムくらい鳴らしてください貴方はそういう礼儀に割と煩い人でしょう」 「いやそれは謝る。悪い、ついノータイム転送しちまったのよ。てわけでまあお互い疲れてるだろうし用件だけサクサクいきます、実は今ウルトさんとこで話聞いてきたんすけど、美津杜メディカルの自殺の噂アレマジっすね。ただ、死んでるのがデザイナーズかどうかまではわかんないみたいです。っつってもあの辺に他に高い建造物がないからってのも理由かもしんねーんで何とも言い難いんすけどねー」  ……どうやら、マキセさんも別方向からギンカ周りのことに気を使い情報を集めてくれていたらしい。  本当に不思議なほどにいい人だ。現金な僕は先ほどの非礼をすぐに忘れることにして、マエヤマさんの膝の上で姿勢を正した。 「そんなことより、って感じの情報っす。えーと……FITってあるじゃないっすか。あるんすよ。あとで潜って勝手にお勉強してくだーさい。簡単にご説明すっと半年前にサービスを開始したCOVERのパクリみてぇなVRサービスなんですけど、それに関連したヤバそうなサークル……あー、いや集団? みたいなのが出来ちまってるみたいで、どうも美津杜メディカルの中にそのヤバそうな馬鹿が数人混ざってるくさい」 「FIT、自殺、病院……『FIT INTO』?」 「はい、ビンゴ。スノっち有能、加点100」 「何点満点か知りませんが、最近流行の自殺サークル、と検索エンジンは表示しています」  不穏な言葉すぎて、話の続きが聞きたくない。しかし見たくないものに蓋をしても、結局何も解決しないことを知っているので仕方なく、僕はFIT INTOに関しての基礎情報を目の前に展開した。 「…………肉体を捨てて、VR世界で永遠の命を謳歌しよう……? え、なにこれ新手の宗教?」 「残念ながら今のところ既存宗教団体との関連性はさっぱりなんすけどねーまあ新手の宗教みたいなもんでしょ。要するに『来世』の信仰っすからね。Fit intoの直訳は『入る』だとか『融合する』だとかって意味っすわ。誰がうまい事言えっつったんだよって感じでネーミングセンスにも腹が立つわ」 「つかこれ、人間の脳みそをデータに置き換えちゃおうって奴か。SFじゃん。……そんなの現代技術で可能なの?」 「無理っしょ。いや無理っすよ。無理だろって思ったけど一応ウルトさんに無理っすよね? って聞いてきたけどすっげーばかにされたあとに『人の脳の細胞の数すらわからん馬鹿が溢れているから宗教なんてものが流行るんだよ』なんていろんな方向からくっそ怒られそうなこと言ってましたわ。あの人いつか燃えるわ」 「宗教云々は、まあ、ほら、別に死後の世界とかそういうのがメインじゃない事情もあるだろうしノーコメントしたいけど、とにかく無理ってことでしょ」 「無理。断言できる。無理です。技術爆発がありゃあどうにかなるかもしんねーけど、とにかく現状の機械の演算能力じゃぜってーに無理っす。そもそもAIだって自我持ってるわけじゃねーんすよ。あれは学習っていう名の取捨選択をうまいこと行って『なんかうまいこと返答ができる』状態にしてあるだけで、コンピューターの中で生きてる個じゃない」 「VRの中で生きることが不可能なら、これ、ただの自殺じゃない?」 「そうです。だからやべーの。別にギンカたんの生活に直接関係ある話かどうかはわっかんねーっすけど、くっそやべー思想の団体がすぐそこに居るわよって状態、あの子にはよろしくねーでしょ。ってわけで明日からオレが送り迎えするんで所長には許可取ったんでよろしくさんですっていうご報告ですそんじゃおやすみなさいいちゃついてさっさと寝ろよ!」 「待っ、待て待て待て、待てマキセ! え、ちょ……送り迎えっておまえ車どうすんの! セキュリティガードの車で行くの!?」 「ウルトさんが出張中は使っていいよって許可貰ってきました。オレイズ有能」 「有能っていうか話が速すぎるっていうか俺にも相談してほしいっていうか……」 「え、駄目なんです? じゃあマエヤマさんウルトさんの車で迎え行きます?」 「…………すいません、よろしくお願いします」 「うん。いや、勝手にしゃしゃり出ただけなんで別にマエヤマさんが頭下げる必要はゼロなんで。じゃあまあオレはFIT周りも含めてちょこちょこ調べておきますよ。マジで普通に心配だし……スノっちもちゃんと寝ろよーいざとなったら誰よりも頼りにしてんだからな、相棒の相棒ー」  じゃあなと笑った鮫歯のフルアバターは、綺麗なウインクを残して颯爽と退場してしまった。  ……相変わらず台風のような人だ。進路予測がある分、台風の方がマシかもしれない。 「…………お休みになりますか?」 「ん。うーん……いや、なんか疲れたから、もうちょい癒されてからにします……」 「はい。僕もぜひそうしていただきたいです」  ぎゅ、と気持ちのいいくらいの強さで抱きしめてくれるマエヤマさんの腕にそっと手を添えて、二人同時にため息を吐いてしまって少しだけ笑ってしまった。

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