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2-04■strategy meeting

「へーい、おっつー迎えにきたぜギンカたーん。おっ、その二人が噂の新しいトモダチか? いいじゃん青春っぽいじゃんそういやオレメシ食ってねーから青春トリオ送ったるし奢ったるからメシ付き合わね?」  なんだか妙に派手な青い車で颯爽と登場した私の友人の同僚男性は、なんだかやたらとフランクに私とソラコとクロフネを拉致すると、呆気にとられているうちにさっさと個室の料理屋に私達をつっこんだ。  私はあんまり外食しない。そもそも外出しないし、食事はほとんどカロリーブロックと栄養剤を飲み込むだけだし、奇跡的に何か料理のようなものが食べたくなった時はコンビニで探すか、それとも自分で作るかの二択だ。C25で食べ歩きをした時だって、ほとんど百パーセントスノの為だった。  マエヤマさんが連れて行ってくれたファミレスだって、緊張して居心地が悪かったのに――どうみても高そうなパスタとピザが並ぶメニュー表を見て、思わず隣に座ったマキセさんをメニュー表でつつく。 「いたっ、ちょ、ギンカたんいってーす角刺さってるオレに刺さってる!」 「刺してんだよ! あの、金はあるけどさ、こういうとこって未成年連れ込んでいいのかよ……」 「言い方ァ。だいじょーぶだっつの、ここディナータイムまでは酒提供してねえし、ちゃんと保護者確認でオレのCOVERコード出してきたから。なんかあったら問答無用でオレがしょっぴかれるから心して品性方向にパスタつつきやがれ女子共。あとマジで奢るし文句いわねーから財布の心配もすんな」 「ギンカ、この口の悪い富豪は本当におまえの保護者なのか……? まぁ、うん、目つきの悪さに遺伝子の繋がりを感じなくもないが……」 「いや保護者の知り合いであって別に血はつながってねーから。他人だから」 「そうそう、飯を奢ってやる優しい他人よおにーさんは。だからはよ好きなの選べ。クロっちは? デザートいらねぇの? ここシフォンケーキうまいらしいぜ?」 「あ、え、あ、アタシっすか!? えっと、じゃあ……た、食べちゃおっかな……」  目の前の席に座ったクロフネは、ちょっと嬉しそうにうふふ、と笑った。……ノマクロフネは、ちょっと私でも心配になるくらい良い奴だ。元アイドルとか言うから、なんていうかこう……わかりやすく高飛車な女を想像していた。  初めて話しかけられた日、あの屋上でクロフネが口にした言葉はあまりにも予想外だった。  アバターのスクショを撮らせて欲しい。真剣な顔で拝み倒す勢いで迫る元アイドルに、私はなんて返したか覚えていない。気がつけば推しアバター造形師の仕事がいかに素晴らしいか、最近作品が少なくいかに辛いかを力説されていた。呆れたソラコが止めなければ、昼休み中永遠と彼女は語っていたことだろう。そう、造形師『4℃』の素晴らしさを。  ……いま、あんたの斜め向かいにいるガラの悪いにーちゃんがその憧れの4℃だよ。って言ったら、パスタ吐いて卒倒すんじゃないかな……。  密室使って教えてあげようかな……と思ったけど、そういやスノに他人とのデータのやり取りは最小限に、って言われてたことを思い出して仕方なくため息と一緒に飲み込んだ。  ……マキセさんがわざわざ送り迎えをしてくれる理由。スノが口を酸っぱくして『他人と極力関わるな』と言う理由。それはたぶん、福祉ボランティアを受講した初日に受けたCOVERアカウントのハッキングのせいなんだろう。  私のCOVERが唐突に鳴らしたファイヤウォールの警告音は、しばらくトラウマになりそうな音量だった。スノが言うには攻撃を受けただけで特に心配するような実害はない、ってことらしいけど、これだけ過保護に気を配られると『すげー大事じゃんか』とゲンナリしてしまう。  嬉しいけどさ、みんなが守ってくれんのは。でも、私はホントに何もできない子供で、ただ守られることしかできなくて、ほんの少しだけ泣きたくなる。  多分マキセさんがソラコとクロフネをメシに誘ったのも、二人を警戒してのことじゃないかな、と思う。  なんとなく縁ができたことがきっかけで、私たち三人は福祉ボランティアプログラム内でのグループをつくることになった。  爪弾きもの同士助け合おうと偉そうに笑ったのはソラコで、一緒にいてくれたら心強いっすと手をとってくれたのはクロフネだ。  私は二人のことをなにもしらない。COVERが提供してくる自己申告制のデータでしか知らない。それでも、二人の好意は嘘ではないと信じたい、と思いはじめている。  選んだ料理が届いて、恐る恐る口をつける。私は外食が苦手だ。あと諸々の理由で緊張していて味なんかよくわからない。ソラコは『五百円以上のメシは貴族の食い物だ』と震えていたし、クロフネはアイドル時代のカロリー制限が尾を引いていて食べ物を見ると罪悪感が沸くらしい。  各々震える私たちを他所に、隣のマキセさんはばくばくと恐ろしい速度でアラビアータらしきものを平らげていた。  ……この人私の為とかじゃなくて、マジでパスタ食いたかっただけじゃねーの?  いや、別にそれでもいいんだけどさ。奢ってもらう立場だし。なんか問答無用でパスタ屋に放り込まれたけど。  マキセさんが口を開けるたびに、ギザギザの鮫みたいな歯が見えて、なんだか落ち着かなくなる。私はBBで何度か鮫と対戦したことがあるけれど、あの鮫歯の女の子のアバターの中身がこの人だ、と知ってからsharkの対戦を今まで通り観戦できなくなった。あのギザギザの歯がちらりと見える度に、私の背中を優しく叩いてくれたマキセさんを思い出してしまうのだ。 「つか、女三人集まりゃ姦しいっつーのにやったら静かね君たち……もっとこー、ワイワイしていーのよ、恋バナとかさぁ。女子は恋バナ好きなんだろ知らんけど」 「嫌いだとは言わないが、恋なんざ真っ当な人間がするものだ。わたしたちは生憎、社会性から学び直している最中だからそんなもんとは無縁だ。それに和気藹々と無駄話をしている暇はない」  カルボナーラをゆっくりと味わいながら、ソラコはビシッとマキセさんをフォークで指す。もう皿の上を空にしていた彼は頬杖ついてクロフネに向かって『ご多忙なの?』と首を傾げた。 「ええとですね! グループ自由課題ってのがあって……出された課題や作業をこなすだけじゃなくて、自分達でなにか人のためになることを探して計画して実行してね的なやつなんですけどぉ……」 「うっわ、オレそれすげー嫌いだわ。自分達で考えましょう! ってアレだよなぁ、正解がわっかんねーからすげー手探りになんのよなぁ。シンプルに面倒くせーし」 「…………」 「え、なによギンカたん」 「いや……セキュリティガードの人がそういうこと言って大丈夫なん? って思っただけ」 「仕事中じゃなきゃノーカンっすね。仕事中だったら未成年への不適切言動として注意食らってたかもしんねーわ。しかしながらオレは今オフなのでー」  言われてみれば私服だけど。シャツじゃないとちょっと若く見える……じゃなくて。そう、私たちはパスタを食べながらワイワイ女子トークをするような間柄ではないのだ。ただ、課題をこなすために一緒にいるだけ。それに、自由課題を何にするのか結局決まっていない。  私はめんどくせーからゴミ拾いとかでいいじゃん、と思う。でもソラコはもっと講師にアピールできる目立つものがいいはずだ、と主張し、クロフネは子供達に何かしてあげたいと控えめに意見を告げた。  バラバラすぎて早くもグループ崩壊の危機だ。もうじゃんけんでいいじゃんよ、と思っていたんだけど、蛍光ソーダを飲んでいたマキセさんは『ああいうのって他のやつがやれないモノぶっこんだ方が点数高そうじゃね?』などととても余計なことを言う。 「福祉ボランティアプログラムってぇやつは基本一回でときゃ修了したことになるやつだけどさ、ポイントがっつり取っときゃなんかの役に立つこともあんだろ。特技はあるに越したことねーし。身体能力バケモンが二人もいんなら、ダンスとかサーカスとか……あー、曲芸は許可がいるな? めんどくせーからダメだな」 「待て待て待てギンカの保護者の友人殿! 他の二人は知らんがわたしの運動能力は底辺だぞ!」 「マキセな。でもソラコ、おまえ歌うまいだろ。カラオケ大会優勝してんじゃん」 「かっ……てに過去の経歴を漁るな! だいたいそれは小学生の頃の話であって……っ」 「篠浦電器店、日暮れどきに巡回してっと裏手からやたらでっけー鼻歌聞こえんだけど、あれおまえだろ? そこそこうめーと思うけど」 「ムキーーーー!」 「ソラコちゃん落ち着いて! ほ、褒めてます! あの人はソラコちゃんの歌の才能をシンプルに褒めてるだけで他意はないっす……!」 「離せ! 離せクロフネ! 乙女のお風呂場の鼻歌への言及はプライバシーの侵害がすぎるだろう……! わたしはいまその鮫歯野郎に女子の鉄拳を食らわせる義務があるのだ!」 「充分姦しいじゃねーか女子ーズ。その調子でガンガン課題終わらせてさっさと修了しちまえ」  鮫歯を見せてニヤニヤと笑ったマキセさんは、追加で届いたケーキの皿を当たり前のようにソラコの前に置いた。  ストン、と腰を下ろしたソラコは、キョトン、とした顔で首を捻る。黙っていれば、本当にそれなりの美少女だ。 「…………なんだこれ、わたしは頼んでないぞ?」 「おまえ、パスタ一番安い奴選んだだろ。遠慮すんなーっつってんの。……オレァバンドウギンカの保護者殿から直々に『お友達の二人によろしくね』って言わてんだよ、嫌いじゃなきゃ食っとけ」 「……マキセ、と言ったか?」 「サンをつけろサンを」 「さてはモテるな?」 「モテねーっつの。顔見ろ、顔」  呆れたように息を吐く、その顔は私から見ればかなり、その、……割と良いじゃんって思うけど。 「とにかく出来んならやっとけよ歌も踊りもおまえらなら完璧にこなすだろうがよ。元本業も居るんだし。人前に出んのがキツいってーなら別だけどよ」 「……クロフネ、大丈夫なん? アイドル、やりたくなくて辞めたんじゃねーの?」 「う。うーん……なんかこう、決定的に合わないなうははーって思って辞めちゃったんすけど、ダンスは好きでしたし今も好きっすよ。人間関係とかファンサービスが苦手だったんでー……」 「よし、じゃあ私たちの自由課題は踊りの出し物に決定だな! 時間もないし面倒だからクロヨンの曲にしてしまおう!」 「アタシはそうしてもらえると楽っすけど……でも、クロヨンのダンスって基本四人でやるもんだから、三人だと振り付け変えないとキツいかも……」 「それなら言い出しっぺに手伝ってもらえばいいだろう! 幸い『手伝いを呼ぶのは禁止』とは言われていないことだしな!」 「………………ん?」  多分、ソラコ以外の全員が『こいつなに言ってんだ?』って顔したと思う。  そんで、一番『うっそだろ』って思ってたのは、たぶん、言い出しっぺのマキセさんだったはずだ。  結局この日のパスタ屋での作戦会議は要検討とのマキセさんの一声で保留になった。ですよね。まさか子供の授業にアドバイスしたら巻き込まれる、なんて思っていなかった筈だ。  心なしかぐったりした顔のマキセさんは二人を駅に送ると、ぐったりしたまま車を走らせた。  ……これ、マキセさんの車なのかな。いつもはセキュリティガードの車だから、なんだか落ち着かない。何かを話したいのに、何を話していいのかわからない。結局ほとんど気の抜けた相槌をうつばかりで、気がつけば車は私のマンションの駐車場に止まった。  名残惜しくしていたって、邪魔なだけだと知っている。私はさっさと青い車から降りて、思い出したように頭を下げた。  誰かにお礼を言ったり謝ったり。そんなのは人間として当たり前のことなのに、私にはまだ、うまく馴染まない。 「あの……ありがとうございました。あと、ソラコがなんか無茶苦茶言っててごめんなさい……」 「いやーいいのよあのくらいぶっ飛んでるとキャラつえーなうけるって思えば許せちまうから。無茶振りは嫌いじゃねーし、首つっこんだのはオレだしなぁ。……あ、ギンカたん、部屋の前までオレも行くわ」 「え。いや……別に、そこまでしなくても」 「一応警戒しといて損はないっしょ」  ……え。どうしよう。これってもしかして、もしかすると、チャンスなのだろうか。普通の人はどうするんだろう。普通の大人はどうするんだろう。どうやって、もう少し一緒にいたい人を引き止めるのだろう。  珈琲でも飲んでいきますか? なんて言えるわけがない。第一私の部屋には水とソーダ以外の飲み物はないし、たぶん私はそういうキャラじゃないし。  ただひたすらにパニックしているうちに、マキセさんはズンズン進んでいってしまう。階段を一段飛ばしで上がって、迷うことなく私の部屋まで辿り着く。……そして、それじゃあサヨウナラを言う前に、不自然に扉の前で動きを止めた。  その視線の先を確認し、あー、と息を吐く。そこには、見慣れた誹謗が羅列された張り紙があった。  あんまよく見えないしよく見ようとも思わない。でもたぶんそこには、人殺しとかデザイナーズは死ねとか、そういう聞き覚えのある罵倒が羅列されていたはずだった。  だってマキセさんの顔が、見たことないくらい怖いから。  …………ああ、もう、タイミングが、最悪だ。別に私は何を言われてもどうでもいいけど、でも、私の周りの人は、私に向けられた悪意にとても傷つくのだ。 「…………ギンカたん、これ朝からあった?」 「え。えっと、いや……なかった、と思うけど……あの、別にこんなん、よくあるやつだし害があるわけじゃないし……」 「言いたいこたぁわかっけど、ちょっとごめんむりだわ。スノーっち、監視映像さらっといて頼んだぜ、PAL、記録を警察署に投函、被害届出しとけ。……ギンカたん、行くぞー」 「え。え? ど、どこに……警察? いまから?」 「いや警察なんか嫌がらせくらいじゃ巡回しときますねー程度だろ。報告は出しといたしな。まぁ、こんなもんたいしたことねー悪戯だってのは頭ではわかってんだけど、腹が立ちすぎて無理だわ」  当たり前のように手を握られて、私はそのまま強い力で引き摺られて小走りになる。 「ちょ……警察じゃないなら、どこ行くの? え、セキュリティガード?」 「いや、オレんち」 「は!? え、なんで!?」 「C25は宿泊許可も面倒なんだよ。かと言ってさーこの辺の信用ならねーホテルにぶち込むわけにもいかねーし」 「…………あんなの、別に、気にしてない」 「わーってるよ。気にしてんのは、オレだ。わりーけどさ、オレのわがままに付き合って」  ぎゅっと握られた手が少し痛い。  ソラコは言っていた。恋なんて、真っ当な人間がするものだ。  私はまだ人間とは言い難く、しかも子供だ。それでも、それなのに、私はこの人の憤りが嬉しくて、涙を堪えるのに必死だった。  恋なんて、真っ当な人間がするものだ。  だから私は、繋いだ手を握り返すこともできず、ただ、どうしていいのかわからなかった。

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