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2-06■girls talk

 叫びたかったけどそんなことをしたらたぶんいろんな人の迷惑になるし、誰かに聞いてほしかったけど私の親友は眉を顰めそうだったから躊躇した。  結局私は美津杜メディカルセンターのせまっ苦しい屋上で、おずおずと、とても小さな声で『告白みたいなことをしてしまったらわりと感触がよかった』話をしてしまった。  他人の恋なんかどうでもいい。と、絶対に言うだろうなと思っていたソラコは予想外に興奮して私に詰め寄り、予想通りに顔を赤くしたクロフネはなぜか一回立ち上がってからまたしゃがんだ。  なんだか、二人のほうが私よりせわしなくて少し、おかしい。 「つまり、アレなだ!? ギンカは親友の同僚男子と秘密のラブの予感! ということだな!? なんてことだ、盛り上がってきたな……!」 「いや別に秘密ってわけでも……まあ、言いにくいっちゃ言いにくいし、あたし準未成年だからってさんざん言われて、あんまりハッキリ答えは聞いてないけど……」 「成年は同意があっても準未成年及び未成年への性行為全般、さらに交際を求める行為厳禁っすからね~。セキュリティガードって結構規律厳しいみたいだし、そりゃ付き合っちゃおうか! とは言い難いかも……でもそれでもダメって言われてないなら相当イケてるってことっすよー!」 「ま、待てクロフネ、なんでおまえギンカの思い人殿のことを知っているんだ!? 知人か!? それともわたし抜きで楽しく恋バナを繰り広げていたのか!?」 「仲間外れなんかしてないっすよぉ~だってギンカちゃんの好きな人って、昨日ご飯おごってくれた人っすよね?」 「……なんで知ってんの……?」 「だって~バレバレでしたよぅ~ふふふー。ギンカちゃん昨日すごい緊張してたし、すごいかわいかったんだもの」  ニコニコして楽しそうに笑うクロフネの言葉に、耳が熱くなってくるのを感じる。  ……私はそんなにわかりやすかったのか。自分ではその、そりゃよく泣くし怒るし情緒は確かにミジンコだけど、あんまり顔にはでないタイプだと思っていたから。  ひえ……と手で顔を覆ってしゃがみこんだ私を囲む二人は、見えなくてもすごくニコニコしている気配がする。  知らなかった。恋バナってやつは、恥ずかしい。そして正直、……すごく、楽しい。  昨日はなんか途中から記憶があやふやで、何をしゃべったのかよく覚えていない。  私はマキセさんが好きだ、と思う。いままでまともに恋なんかしたことなかったし、これが憧れとかじゃなくて恋慕なのか、自分でもよくわからない。  それでもマエヤマさんやスノに感じる好意と、あの人に抱く気持ちは別だよな、と思う。思うから、優しくされて、舞い上がって、たくさん喋って、勢いだけで告白まがいの言葉をぶっぱなしちゃって、秒で後悔して、でもなんかよくわかんないけどダメじゃないみたいなこと言われてもう完全に頭が真っ白になった。  ふわふわしすぎて覚えてない。なんかすごいわがまま言った気がする。台所で寝るからっていうあの人をどうやって呼び止めたのか正直記憶がないんだけど、でもあの後一晩中一緒にアニメ見てなんかもう夢か? って感じだったからあの時どうにかして引き留めた私えらいすごいって思う。  ……恋なんて、本当に、ちゃんとした人間がするものだ、と思っていた。私にはまだ早い。私はそんなもの、している余裕はないし、資格はない。そう思っていたけど、マキセさんも、ソラコも、クロフネも、お前なんかが何言ってんの? なんて一言も言わないんだ。  それがうれしくて恥ずかしくてテンパりながら昨日一睡もしないで二人でアニメ見てた話したら、恋トロの話でなんでかクロフネが食いついてきて、このアバター造形オタクは実はアニオタも兼任していたことを知ってしまった。 「え、ギンカちゃんどこまで見ました!? 一話二十四分だからええと一晩でうーんレモン滝の決戦くらいっすかね!? もーーーーーほんっと熱いんすよ残されたリヨリヨが立ち上がるところーーーーー!」  ……おんなじこと言ってたなマキセさん……。  もしかして私よりクロフネのほうが相性いいんじゃ? と不安になったところで、私の表情を読むのがうますぎる元アイドルはやっぱりにっこり笑って、趣味が一緒なだけじゃ恋にはなりませんよと言った。 「もっと自分に自信もっていいっすよギンカちゃん~めっちゃかわいいし! ちゃんとしててえらいし! ダンスの覚えも早くて素晴らしいっす!」 「あー……体動かすのは、結構好きだし、あたし、身体能力系のデザインされてっから……」 「でもでも、性格は遺伝子デザインとか関係ないっすよ。ギンカちゃんがいい子なのは、ギンカちゃんが十九年ちゃんと生きてきたからっす」 「そうだぞ、クロフネの言う通りだ。ギンカはデザイナーズであることを時折罪のように言うが、別にそんなことどうでもいいと私は思う。なぁギンカ、周りを見渡して、バランスをとる必要なんかないぞ? おまえが優れているからと言って、誰かが劣っているわけじゃない」  私が優れているからと言って。  誰かが劣っているわけじゃない。 「……どうした、二人とも。なんだかひどい顔をしているぞ?」 「か、感動してるんすよぉ……ソラコちゃん、たまにすごくいいこと言う……!」 「たまにとは何だ。ソラコさんのお言葉は基本的に素晴らしいの連続だ。アガメタテマツリタマエ」 「それ本当に意味わかって使ってます……? 新種のカメの学名みたいな発音っすけど」 「おまえの語彙力も時々不思議に思うな、本当に元アイドルか? クロフネこそデザイナーズじゃないのか? おん? その身体能力でパンピーと言い張るのか? 正直ソラコさんは自由課題をダンスにしたことを早くも死ぬほど後悔しているぞ?」 「センターはあんまり動かないから大丈夫っすよたぶん。たぶん。たぶんだけど、たぶん!」 「四回も念を押されると逆に楽しくなってくるな。いや課題などどうでもいい、昼飯もこの際置いておいてギンカの話だ! もっとないのか! あるんだろう!? さあ全部出せ、胸躍るドキドキ話!」 「え。ねーよ、だって朝までアニメ見てただけだし……なんか最終的にあたしもアニメに集中しちゃったし……あ、でも朝ふらふらしながら風呂借りて適当に頭拭いて出たら、なんか知らんけど髪の毛乾かしてくれた……」 「あーーーーージェントルーーーー見かけによらずジェントルーーーーーっ!」 「いや本当に見かけによらないなあの男……ただの口の悪い何かじゃないんだな見直したぞ……確かにそのジェントル力、ギンカを任せるに足る男だ……」 「任せるってなんだよ……」 「だって友達の彼氏だぞ? クソみたいな男だと心配だろう!」  ともだち。  という言葉が、あまりにも意外過ぎて私は瞬きすら忘れて固まった。  ともだち。……ともだち、なのだろうか。  そういえば私は、友達なんてものを作った記憶がない。スノは確かに親友だけれど、友達かと聞かれたら少し迷ってしまう。そこにいないと困る。この世界のどこかで絶対に幸せになってもらわないと困るし、できればずっと私の横にいてほしい。そんな存在は友達と言うにはすこし重すぎる。  私は子供の頃からずっと差別されて、排除されて、いじめられて生きてきた。そんな私だから、友達の定義すらもよくわからない。  私たちって友達なのか?  そんな疑問を解消しないうちに、今度はクロフネがニコニコ……というかそわそわしながら、うへへ、と笑う。 「……ふふふ。アタシ、友達と恋バナしたの、初めてっす」 「任せろ、ソラコさんも始めてだ!」 「胸張って言うことかよ……いや、あたしも、初めてだけど」 「初体験ばかりだな我々は。どうだ、初体験ついでに、このボランティアプログラムが終わったらみんなで、その、で、……出かけないか!」 「あ、いいっすね~実はアタシ、C25観光したいんすよ! あの、なんだっけ、なんかバトルナントカみたいなVRゲーム観戦したい!」 「BB?」 「それー! ギンカちゃん得意なんすよね!?」 「得意ってほどでもねーよ。……最近はやってねーし……」 「わたしはアレは苦手だ。というかトラウマだ。一度興味があって参加したら鮫歯の女にボコボコにされたんだ」 「あー…………」 「その鮫歯さんが見たいんすよ! SHARK! 彼女のアバター、4℃様製っすよね!?」 「あー…………」  どっちもそれマキセさんだな……と思ったけど説明すんの面倒だったから、なんか適当に視線をそらして誤魔化す。  正直私もC25に詳しいわけじゃない。BBくらいしか顔を出さないし、本土にいるよりも息をしやすいな、と思ってよくふらふらしていたけどお気に入りのカフェすらない。  でも、ソラコはC25在住だっていうし、クロフネは割と行動力がある。……三人でだらだら、流行の街を歩くのは悪くない妄想だった。  ……スノにも、紹介できるかな。  その時私は、この二人の女の子をどうやって紹介するんだろう。友達、とちゃんと口にできるんだろうか。そんなことを考えているうちに昼休みはさくっと過ぎて、午後の講習の時間になってしまった。  福祉ボランティア活動は、まあ、要するに病院のお手伝いだ。それで何が学べるのか、正直なところよくわかない。でもよくわからなくても、少しくらいは誰かが楽になっていればそれでいいか、と思い始める。  庭の掃除を終えて、療養棟の子供たちの読み聞かせを見学する。次々に課せられる雑用のようなボランティアをこなしていくうちに、今日の講習レジュメがすべて終わった。  これからは自由課題の練習時間だ。  私たちは催し物の練習のため、多目的ルームを借りた。面会終了の時間まではここで練習していい、という許可を取っているので、ええと……二十一時かな。ソラコの保護者が迎えに来る時間まで、たっぷり汗を流すことができた。  ていうかマキセさんも来るって言ってたし。……いくらダンスの人数が足りてないって言っても、マキセさんは完全に部外者だ。ソラコが勝手に手伝えって迫ってるだけで、無視したっていいのに、仕事終わったらそっち行くからって連絡が昼くらいに入って私はまた無駄にドキドキしてしまった。  ……ちゃんと喋れるかな。  私なんか普段からコミュニケーション能力が底辺なのに、今日は寝不足だし昨日のことを思い出して逐一心臓を抑えてしまいそうだ、と思う。  目の前の白い壁に鏡面フィールドを張り付けて、まずクロフネにお手本を踊ってもらい、視界の端で反転録画を再生する。私はまあ、うん、できなくはない。……体を動かすのは好きだ。嫌いじゃない。  ソラコは本人が自己申告していたように随分と、不格好だ。でも、一生懸命頑張っている心意気は殺気立った顔から十分に伝わってくる。真面目かよ。……ああ、うん、私は、この年下の女子の、こういうクソ真面目なところが割と好きだな、と思う。 「うん、なんとなくオッケーですね。ギンカちゃんさすがっすー! 曲もほぼ完ぺき! 心なしかリヨリヨに似ている気さえしてきました!」 「いやそれは勘違いだろ。つかソラコ大丈夫かよ……なんか飲み物買ってくるか?」 「だい、じょう……ぶ、じゃないドリンクを所望する……ソラコさんはありがたく差し出された手はがっしりつかむタイプだ……」 「手は掴まなくていいからしばらく座っとけ。クロフネは?」 「あ、アタシが行くっすよ! 昼間ギンカちゃんが飲み物買ってくれたから、今度はアタシの番っす~」 「……一人で平気?」  病院とはいえ、見舞客に交じってクロフネのファンやストーカーがいないとも限らない。大丈夫かと声をかけると、ぐっと親指を立てて彼女は笑い、軽い足取りで部屋から出て行ってしまった。 「…………ほんとに大丈夫かな」 「なんだ、心配かーギンカ。……いや心配だよなわかるぞ、昨日も病院を出るまでクロフネのファンらしき男に付けられていたからなぁ……」 「……まじで……?」 「おまえ、気づかなかったのか。わたしはお前がマキセ某とやらに頼んでクロフネを送ってくれたのかと思っていたぞ。じゃあマキセ某が勝手に気を使って――いや、あいつはパスタが食いたかっただけかもしれないな……?」  わかる。私もそう思う。 「ていうかマキセ某、遅くないか? ヒーローは遅れて登場したいのか?」 「仕事は終わってる時間だけど、どっかでメシでも食ってんじゃねえの? つかソラコ、カロリーバーだけで平気――……」  バチン、と音がした。  瞬間、視界が真っ暗になる。  停電。そう理解した後に、私は暗闇の中で何かが床に落ちるような重い音を聞いた。 「なに……っ、え、なんで電気……つか、ソラコ、ソラコ大丈夫か!」 「――――まずいぞ、ギンカ」 「ソラコ!?」 「大丈夫だ、別に死んだわけじゃないちょっと……立っていられなくなっただけだ」  ソラコの声は床のあたりから聞こえる。さっきまではふらふらしながら立っていたはずだ。先ほどの何かが床に落ちる音は、ソラコが倒れた音に違いない。 「落ち着け、もう一度言うぞ、わたしは健康だ。ただ、残念なことにしばらくここから動けない。……ギンカ、これはただの停電ではない。COVERがオフラインになっている」 「え……何、どういう、」 「わたしは義足だ。片方だけだがな。普段はCOVERの補助を使って体重移動をうまく計算する補助ソフトのおかげで、苦痛なく人並に動けているんだ。それが今、切断された。電源が落ちるようにCOVERが切れた。……今この病院はおそらく電気とともに、COVERの供給も止まっている」 「…………それ、やばくね?」  とっさに窓に駆け寄る。私たちがいた部屋は三階だ。夕暮れと同時に自動で降りたブラインドは、最悪なことに私の力では破れない強度だった。……自殺防止だろうけど、これじゃ完全に逃げ場がない。 「まさか閉じ込め――」 「…………ギンカ? ギンカ! ちょ、どこに行った……っ! わたしはここから動けないと言っただろう冗談はよせ、ギンカ、ギンカ……!」  私は叫んだはずだ。ソラコの名前を、クロフネの名前を、スノの名前を、マエヤマさんの名前を。そして、信頼するもう一人の大人――マキセさんの名前を。  たすけて。  そう叫んだはずの私の言葉は、誰かが私の顔に押し当てたノイズキャンセルマスクがすべてきれいに消してしまった。

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