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2-07■Partner

「マキセさんって、もしかしなくてもお人よしですか?」  僕のあきれ交じりの言葉に、同じようにあきれたように息を吐いたマエヤマさんの相棒である男性はベンチに背を預けてだらり、と空を見上げた。 「いやぁ、自分ではつめてー男ぶってたんすけどねぇー。どうもギンカたん周りには甘くなっちまうんだよなぁ……ってやっと気が付いちまって若干しんどい」 「マキセさん、最初からギンカにはやたらと甘かったですよ。……まさか自覚がないとは思ってもいませんでした」 「えー気づいてたなら教えてよスノっちー。人間往々にして己のこととなると鈍感なのよー」  美津杜メディカルセンター、一般病棟屋上。四角いフェンスに囲まれて景観もくそもないそこには、申し訳程度のベンチが備え付けられている。いつもギンカが昼を過ごしている場所だ。  時刻は宵の口。  満点の星空――は、残念ながらほとんど見えない。街が明るすぎる弊害よりも、他国の黄砂や大気汚染でシンプルに空が汚れているせいで星が霞んでしまっている。雲一つない晴天でもこのありさまなので、星を好む人間はプラネタリウム投影プログラムで己を慰めるしかないのだろう。  星の見えない夜空を見上げて、マキセさんはうーんと唸る。 「……なんつーかなぁ……わっけー子がわちゃわちゃ頑張ってっと、多少は手伝ってやりたくなるわな。こちとら大人だしな……」 「だからと言ってアニメオープニングのアイドルダンスに参加するとは。正直、僕の中のマキセさんの印象が三十度くらい変わりました」 「百八十度じゃねえのかよ。絶妙な角度変更だな」 「もともとそれなりに出来た人間だ、とは思っていますから。僕のために一番怒ってくれたのはあなただ、ということを知っています」 「……スノっちどったの? デレ期なの? マエヤマさんからオレに乗りかえたの? オレ今モテキなの?」 「乗り換えてません。先日僕はあなたに特別嫌われていない、と面と向かって伺いましたので、好かれている自信をもって発言することにしたんです」 「えーいいじゃないの。人間そのくらいの強さがちょうどいいぜー」 「ギンカのところには行かないんですか?」 「いやぁ、なんか……行こう、とは思うんすけどね、大人とはいえ心の準備というやつが必要な時もあんのよ言わせんな、もうちょい星空とにらめっこしていたいのよ……」 「星見えませんけどね。ところで、ギンカを恋人にするんですか?」 「……当たり前のように覗きやがってこのやろー」  とは言え、マキセさんは最初から僕が監視していたことを知っていたようだ。  セキュリティガードはその権限により、C25内のあらゆる場所を監視、観察することができる。しかしもちろん過度なプライバシーの侵害は認められていない。  僕がギンカ周りの映像を逐一チェックしているのは、僕が人間ではないという特例を利用した『すり抜け』ルールのようなものだ。普通に考えてダメだ。でも僕は、ギンカに対しては遠慮するつもりは一切ない。  マエヤマさんも僕の違法すれすれ行為についてはなんとなく察しているようだけど、今のところ黙認してくれている。特に先日のハッキング騒動に全く進展がないため、僕はいつも以上に監視の目を強めていた。  その合間に、ついうっかり、親友の恋愛模様を目撃してしまった。ただそれだけだ。……それだけ、とはいえ、僕はギンカに関しては過保護すぎる自覚と自信があるので、マキセさんの返答によってはいかなる対応も辞さない……という旨を一応素直にご報告したところ、いかなる対応ってなんだよと引かれてしまった。 「スノっちなんだかマエヤマさんに似てきてない……? その、無駄に思い切っちまうところ、そっくりよ……?」 「マキセさんは絶妙に常識人で不思議です。……常識人だから、きれいに断るかと思っていました」 「あー……うん、まあ、断ったほうがいいんだろうなぁって思ったんだよなぁ一瞬。でも、かっわいいんだもんよーアレ。あんな、もう、周りなんか見えてねえくらい好きなんだぜ。……でもオレ大人だからとりあえずまあ、ギンカたんが成人するまでは待つとしてそのあと一年くらいは友人以上恋人未満的なお付き合いをしてから――え、何、なんすかその顔」 「いえ……その……思いのほかきちんと考えていらして、少しどころかかなりびっくりしてしまいまして」 「考えますよそりゃー! おっまえあのこ十九歳だぞ!? しかも頼れる大人は世界にオレとマエヤマさんしかいねーじゃん。そんなのすげえ考えるわ。……頼りになる大人から恋人にシフトチェンジしたら、もう戻れねえわけよ。くっそ大事な分岐点にいんのよオレは」  確かに、一度恋人になってしまうともう大抵の人間はそれまでの関係には戻れないだろう。  保護者のままでいるか、恋愛関係になるか。それの選択は、僕が思ているよりも難しいものなのかもしれない。 「いやーでもなぁーなかったことにしたほうがいいんだろうよ本当はさぁー。ギンカたんの気持ちだってマジで恋なのかわっかんねーし。たまたま優しくしてくれた大人への好意を、恋愛だって勘違いしてんのかもしんねーし。いざ同世代のイケメンとか出てきたらそっちが本当の王子様かもしんねーし。ってオレの理性が囁いてる」 「本能は?」 「今すぐ担いで帰ってベッタベタに甘やかしてぇー」 「……好きなんじゃないですか……」 「そら好きよ。好きじゃなかったら悩まねえわ。かわいいっつってんだろうがよ。いいかスノっちー世の中の大人はみんなマエヤマさんみてえにぶっ飛んだ選択かませるわけじゃねーんだぞー」 「肝に銘じておきます」  確かに、マエヤマさんは時折『どうして相談してくれなかったんだろう』と僕とマキセさんがげんなりするような行動をとるけれど。それにしても、ギンカの恋は一応良い方向に動きそうな予感を感じ、僕はほっと一息――……。 「………………!?」  気が付いた時、僕は天井を見ていた。  やっと見慣れた、セキュリティガード本社の僕の自室――ようするに病室の天井。  さっきまで僕は確かに、美津杜メディカルセンターの一般病棟屋上でマキセさんと会話していた。もちろんそれは僕のフルアバターであって、現実の肉体ではない。マキセさんはCOVERが屋上に投影したデジタル映像の僕を見ていたはずだし、僕はそこかしこに設置してあるCOVER用の監視カメラ映像から予想される視界を目の前に投影していた。  しかしその映像が、一気に消えた。  まずはフルアバターの『僕』が正常に投影されることを確認するためにマエヤマさんの自宅を指定し、アバターを可視化する。  唐突に切り替わった視界の中で、慌てた様子のマエヤマさんは部屋着を脱ぎ捨てているところだった。 「スノくん、良かった君は無事だね……! ちょっとやばいことが起こってる、と思うマキセは!? 呼び出しでないんだけど!」 「先ほどまで僕はマキセさんと美津杜メディカルセンターの屋上にいました。おそらくまだそこに滞在中です。……COVERでの応答、なし。強制的にオフラインになっていると思われます。――ウルマ主任より着信です」 「繋いで」 『マエヤマ、私がお前に直接連絡することのやばさを理解しているな、良し言いたいことだけ言うぞ返答はいらない。今しがた全国五十八か所でCOVERの強制断絶を確認した。主な箇所は病院、療養所、グループホーム。これに関して警察本部に『FIT INTO』を名乗る団体から犯行声明と思われる動画が送られた内容は後で確認しろカミマイ課長とすでに共有してある。簡単に言えば集団自殺予告だ。マスコミは一応押さえたがすでに一部一般人から『COVERが使えない』『閉じ込められた』等の被害報告が一般閲覧可能なSNSへ投稿されていて日本全国のパニックは目前だ。自殺は自殺を呼ぶこれはFIT INTOの計画的『道ずれ自殺』だと私は推測する。ほとんどの施設が籠城状態にあり、外からの突入が難しい上警察の方もなぜか動きが鈍いこれは利権関係で圧力がかかっている可能性すらあるふざけるなという話を後でクロキに繋げ、まずはバンドウギンカを確保しろ! おそらくあの子は生贄にされるはずだ、マキセを使え、スノハラお前の耳に突っ込んである機械はCOVERを介さない無線機能も兼ねている優れものだ、遠隔で指示をだせ頼んだぞじゃあな!』  嵐のように一方的にまくしたてたウルマ主任の通信を着替えながら聞いていたマエヤマさんは、ほんの少しだけ苦笑しただけでウルマ主任の暴挙を許した。 「相変わらずだなあの人、みたいな話をしてる暇もないね。スノくん、無線わかる?」 「はい、確認しました。マキセさんに……繋がりました。転送しますか?」 「いやいい。スノくんに任せる、俺はとりあえず現地に向かうよ。スノくん悪いけど、マキセ頼んだ」 「……というわけで頼まれました」 『いやいやいやいや何これなんでCOVER落ちてんだよ! つか無線とかいらねー使わねーって思ってたよ嘘だろスノっちそっちはCOVER生きてんの!? マジなんも見えねえんですけど! なんなら扉もあかねえんですけど!?』 「少々お待ちください。周辺のカメラ映像から状況を確認します」  僕が美津杜メディカルセンターの屋上が見える建物のカメラ映像を確認している間、マキセさんには先ほどのウルマ主任の通話ログを音声だけ聞いてもらう。  …………いた。  真っ暗な屋上で、階段に通じる扉をガンガン蹴ってる男性が見える。COVERはやはり機能していない。僕とマキセさんをつないでいるのは、音声無線だけだ。 「現状を説明するとおそらくマキセさんは屋上に閉じ込められた状態です。なんなら現在美津杜メディカルセンター内にいる人間すべてが、外に出れない状態でしょう」 『え、なにそれやっば。つか集団自殺? 予告? マジでなにそれ、お決まりのセリフ吐いてほしいわけ?』 「勝手に死ね、は先ほど丁寧な言い方でカミマイ課長が叫んでおりました。マエヤマさん含めC25職員十余名が都内該当事件現場へ急行中です。救助を待ってください、と言いたいところですが緊急事態です。ギンカがおそらく攫われました」 『…………なにて?』 「一般病棟三階多目的ルームにてシノウラソラコと共に談笑中、ギンカだけが攫われた様子です。現在所在不明。おそらくはFIT INTO関係者の犯行と思われます」 『やばいやばいやばいすげーやばいやつじゃん待って何で――あーーーーーFIT INTOってデザイナーズチルドレンが主な主導者か……!』  そう、かの団体の構成者の八割が、デザイナーズチルドレンなのだ。  FIT INTO。  現在の肉体を捨てて、FITの世界で魂だけをデジタル化して生きよう。そんなバカみたいな話を、デザイナーズチルドレンの多くが信仰している。その理由はおそらくは、『デザイナーズチルドレンは大人になれない』という確信のない噂のせいだろう。  未来がないなら死ねばいい。でも、ただ死ぬのは怖い。寂しい。悲しい。口惜しい。それなら、寿命の心配のない世界に行けばいい。  そうやってありもしない天国を求めているのだ。僕たち、デザイナーズチルドレンの一端は。 『なんでギンカたんがって思ったけど、っあー広告塔か……! いやわかんねーけどわかった、やべえことはわかった、おとなしく三角座りでレスキューを待つわけにはいかねーってのもわかったわこんちくしょう! おっけー、あー……そっちのCOVERは生きてんだな? この建物だけが強制オフラインってことか?』 「相違ないです。セキュリティガード及び警察の体制が整うまでは、一時的に僕がマキセさんのアシスタントを行います」 『OK、頼りにしてっからな相棒! んじゃとりあえず南方向の建物への距離と必要な助走距離出して!』 「…………何と仰いました? まさか、飛び移るおつもりですか?」 『ほかにどうしようもねえだろうがよ。幸いこっちの方が高いし、療養棟の上は温室だったはずだ。なんもねえ屋上にいるよかいろんな可能性あんだろうよ! ハイハイスノっち計算して!』  そう言われても。僕の手元でスッと出てくるのはマエヤマさんとギンカの身体測定データだけだ。マキセさんのデータは同期したことがないので、一度個人プロテクトの解除申請を出して課長に許可されてからでないと開けない。  緊急事態だろうが、規律というものは省略できない。以上のことをできるだけ早口で告げると、マキセさんはへらりと笑った気配がした。 『よし分かった、んじゃギンカたんの0.7倍で計算して』 「――正気ですか? 彼女は一応身体デザインされたデザイナーズです。マエヤマさんでも彼女の8割程度の身体能力……」 『なめんな、こちとらマエヤマトモノリの相棒だ。やりたくねえだけで、やりゃできんだよ』  さっさと計算、とせかされ、僕は仕方なく最速で計算結果を表示する。 「……対角線上に端まで行けば余裕かと。ただし、絶妙な距離感です。跳躍にミスがあれば最悪落ちます。フェンスはどうするんですか?」 『まあそこの扉の防火シャッター蹴り破るよか柔らかかったよ』 「……足癖が悪い」 『非常事態っすからぁ』  けらけら笑う声が聞こえる。もしかしたらこの声をもう二度と聞くことができないかもしれない。本当にそう思う。救助を待ってください、と言いかけて、でも声に出来ない。……僕はマキセさんに、ギンカを助けてほしい。そう思っていることが申し訳なくて、少しだけ息を詰まらせた。 「……絶対に成功させてください。あなたを地面に落としてつぶれたスイカのようにしたと知られたら、僕はたぶんウルマ主任とギンカとマエヤマさんに顔向けできない」 『知ってるか~そういうのフラグっていうんだぞ~』 「これが終わったらみんなで食事に行きましょう」 『やめろ、マジで死にそうになんだろうがよ』  わはは、と笑う声がする。けれどそのあと息をすう音がして、真剣な顔をしたマキセさんが脳裏に浮かんだ。 『よっしゃ、じゃあ――ちょっと頑張ってくらぁ』  それがマキセさんの最後の言葉にならないように、僕はとても久しぶりに存在するかどうかも怪しい神様に祈った。

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