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二人目のレント:マンションへ
「あ、いや、だから、セファと俺が」
わずかに身体を動かすと、俺とセファの肩が離れる。
「恋人って、思われたかな」
セファがそう囁いた。息が止まるような思いがしてセファを見たが、眼鏡の奥、少し黄味がかった瞳に、俺の顔が映っている。
「あ、あれは完全にそう思っただろうな」
そこでまた、セファの肩が俺の肩に触れた。
「嫌だった?」
もう一度体を離そうとした俺の動きを、セファのその言葉が止める。
夏の太陽から放たれる厳しい光は俺たちの傍に立っている木々が遮っていたが、漂う空気がじっとりと暑い。
しかし、それ以上の何かによって、俺の口の中はとっくに乾燥しきっていた。
「嫌も何も、違うんだから。それより、トウヤは、あれが見えないって言ってたぞ。どういうことだ?」
もう一度、銅像を指さそうとしたのだが、その腕をセファがつかんだ。
「部屋で、話すよ。行こう」
驚いた俺にセファはそうとだけ言うと、俺の手を握り、正門へと歩き始めた。
正門を出てからワンルームマンションに着くまでの約五分、賑わいのある大学通りから外れ、似たような戸建てが並ぶ閑静な住宅街を通り抜けていく。
何も話さずにただ俺の手を握り引っ張っていくセファに、何度か言葉を掛けようとしたのだが、言葉が口から出てこない。
斜め後ろから見るセファは、確かに女性にしか見えない。少し膨らみのある喉と、反対にほとんど膨らみのないブラウスの胸だけが、微かに残る男性の痕跡と言えた。
――スカート、歩きにくくないのかな。
そう思った瞬間、セファの足が少しもつれる。すぐに、何事もなかったようにセファは歩き始めたが、そこであることに気が付いた。
セファは無理をしているのだ。今の姿は、セファの自然な姿ではない。しかし、そのことを口に出すことはできなかった。
そのままセファの住んでいるワンルームマンションに辿り着く。白っぽい外壁が太陽の光を跳ね返している七階建ての建物だ。
エントランスのオートロックを解除すると、セファは無言のまま俺の手を引いて、そのまま部屋へと俺を連れていった。
ずっと握られている手は、もう随分と汗で濡れていたが、セファにはそれを気にする様子がない。
しっかりと握られた手を振りほどく勇気は、俺には無かった。
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