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二人目のレント:この世界は

「暑かったから、汗かいてるぞ」  俺がそう言うと、セファの指が少し震えて動きを止める。直前で躊躇うように指が泳ぐが、かといって離れようとはしない。  俺は自分から鼻を近づけて、セファの指に鼻を触れさせた。  セファが息を飲む。心なしか、セファの表情が緩んだような気がした。 「あれはね、この世界の(ほころ)び、なんだ」  俺の鼻からゆっくりと指を離しながら、セファがそうつぶやいた。 「は? ごめん、意味不明だ」 「言葉通りだよ。綻びはやがて大きな穴となり、そしてすべてが崩れ去る」 「んじゃ何か? あのノイズが原因で、この世界が滅びるとでも言うのか?」  軽く笑いながらそう返す。もちろん冗談……そう、ただの冗談だった。  しかしセファは返事をせずに、ただどことなく陰のある微笑みを顔に浮かべる。 「すべての人間はね……いや、この世界の全てのものが、数字と記号の羅列、つまり《データ》でしかないんだって」 「は?」 「ボクたちは、データベースに記録されたデータでしかないんだよ」  微笑みが浮かんだままのセファの顔。その様子が、ふざけているようにも、何かを諦めているようにも見えた。 「おいおい、変な小説でも読んだのかよ」  思わず口に出たその言葉に、セファが少し目を見開いて固まる。しかし直ぐに声を上げて笑い出した。 「なんかおかしかったか?」 「違う違う。ごめん、ごめん。そう、そう、全部冗談だよ。ボクがおかしくなったと思った?」  セファは、顔の前で手を左右に振った。 「そんな風には思わないけど」  しかし、である。セファが何を言おうが、図書館前の銅像にかかっていた《ノイズ》は見間違いではない。じゃあ、あれは何だったんだ? 「そんなデジタルなものだったら、触ったらわかるんじゃないか?」  そう訊き返した後で、気づく。  俺は、踏んではいけないものを踏んでしまったんじゃないだろうか…… 「それなら、触ってみたら、分かるよ」  セファが、俺の首元にゆっくりと顔を近づけた。 「お、おい、セファ」 「なに」  セファの息を肌に感じる。 「い、いや、ちょっと、近すぎやしないか」 「いつもと、同じだよ」 「汗かいてて臭いから、そんなに近づかれると」  セファがさらに唇を寄せてくる。  セファから漂う香りは、仄かな柑橘系の果物を思わせる。それは普段からセファが纏う匂いなのだが、いつもとは違うセファの姿に、鼓動が加速度的に速くなるのを感じた。

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