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三人目のレント:車内の異変

 自分が張り上げた叫び声で目が覚める。  喉を押さえると、手に……汗がびっしょりとついてしまった。  あまりにもリアルな夢。本当に夢だったのかすら分からないほどだ。  しかし……頭の中にまるで靄のかかったように、その内容が思い出せない。ただ、何か鈍く光るもの――多分ナイフか何か――が俺の喉に突き立てられたシーンだけが、モニターに焼き付いたように、脳裏に残っていた。  二三度、頭を振ってみる。枕元に置いてあった時計を見ると、午前八時を回っていた。 「やっちまった!」  思わず声を出しながら飛び起きる。  今日は一限目から語学の授業がある日だ。語学は出席が命。単位を落とすと卒業が危うくなるだけに、一分で着替えを済ませると俺は家を飛び出した。  自転車で駅まで全速力。始業は九時だ。大学までは小一時間。駅から教室まで走って、さて間に合うだろうか……  駐輪場に自転車を止め、ホームまでも全速力。幸運にも、丁度来た電車に飛び乗った。 「あー、やばいやばい」  滴り落ちる汗を車内のクーラーで冷やしながらも、そんな言葉しか口から出てこない。ドア横の壁にもたれ、少し息を整えた。  通勤ラッシュのピークが少し過ぎた、混雑の残った車内。時差出勤のサラリーマンも、一体どこに行くのか分からない主婦のような女性も、そして私服を着た学生風の青年も、皆一様に手のひらサイズのスマートリンケージに目を落としている。  それにしても……目覚ましを掛けずに寝てしまったのだろうか。どんくさいことだ。  今日は水曜日。授業は一限目と四五限目にある。一限目をさぼるか、午後をさぼるかという悪魔の囁きと常に戦わなければならない曜日だ。  だから時々火曜にセファの部屋の泊まるのだが……  泊めてもらえばよかったと心の中で後悔し、そこでふと違和感を感じた。  昨日、眠りについた記憶がない。いや、それどころか、昨日一日何をしていたのか、どうにも思い出すことが出来なかった。 「ったく、ボケでも始まったのかよ」  小声で自分自身に悪態をつきながら、スマートリンケージの行動履歴を見る。GPSだかなんだかの機能を使って、自分が行動したルートを記録できるものだ。  どうも俺は四限目まで大学で授業を受け、その後セファの部屋へ行ったようだ。その後、夜に家に帰っている。  全く記憶がない。なぜだろう……  そもそも、夜までセファの部屋にいたのなら、なぜ俺はセファの部屋に泊まらなかったか。いつも火曜日はそうしているはずなのに。  ふと、目をあげる。そして、ドアを挟んだ反対側にもたれていたスーツ姿の女性の顔を見て、俺は思わず声を上げそうになった。それをこらえて、壁に顔を向ける。  その女性もスマートリンケージに目を落としていた。いや、顔を下に向けているのを確認できただけだ。  ただ、その女性がどこを見ているかが分からなかった。何せ、顔にモザイクがかかっていたのだから…… ――な、なんだ、なんだよ、あれ。  まだ自分は眠りの世界にいるのだろうか。  手に持っているスマートリンケージを見るふりをしながら、横目でその女性の顔を確認するが、やはり顔にモザイクがかかっている。見間違いではない。  と、その女性の目もとで、黒いマスが動いたように見えた。俺は慌てて顔を背けたが、今度は席に座る何人かの顔にモザイクがかかっているのが目に入った。  思わず車内を見回す。  吊革につかまる人、手すりを持つ人、壁にもたれる人。その中で、女性の顔すべてに、モザイクがかかっていた。

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