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三人目のレント:救いの先にあるもの

 結局、乗り換えも含め、大学の最寄り駅に着くまで、俺は何人もの『モザイク人間』を見る羽目になってしまった。  目の錯覚ではない、その不気味さと戦いながら駅を降りた俺は、通りを行きかう女性の顔にもモザイクが掛けられているのを見て、吐き気を催す。 ――頭が、おかしくなってしまったのか?  大学前通り、正門から校舎への坂道、そして教室への階段。  授業に間に合わせるためというよりは、そのモザイク人間を見ないで済むように、俺は全速力でそれらを走り抜けた。  三十人ほどが定員のやや小さめの語学教室に着く。扉を開けると、講師はまだ来ていなかった。  喜んだのも束の間、教室にいる四・五人の女性の顔に、やはりモザイクが掛かっているのを見て、教室に入ろうとした足が止まる。  再び襲ってきた吐き気に、口元を押さえた。  救いを。そんな思いで教室内にセファを探すが、しかしそれらしい姿は見当たらない。  ……いや、一人だけモザイクのかかっていない女性が教室の奥の方に座っていた。  黒髪のツインテールに、黒縁眼鏡、白いシャツ。下は水色のキュロットスカートだろうか。そこから白い足が伸びている。  その女性は俺に気が付くと、少しはにかみながらも俺に向けて小さく、色白の手を振った。 ――誰だ?  そんな女性、これまでこの教室で見たことがない。もちろん大学構内でも。  人違いではないかと思い、自分の周りを見回したが、俺の周囲には誰もいない。  そんな俺を、なおもその女性が手招きするのを見て、俺は彼女に近づき、空いていた横の席に座った。 「えっと、ごめん、誰、かな」 ――なぜこの女性だけ、モザイクがかかってないのだろう。  女性に知り合いなどいない。しかし、この女性が俺を呼んだこと以上に、モザイクがかかっていないことに興味を……いや、俺は救いを求めたのだ。俺は狂ってなんかいない。この女性が証明してくれる。 「レント、ボクのこと忘れたの?」  しかし返ってきた声は、俺の良く知っている人物の声、男友達の秋水セファのものだった。 「セファ……何で、そんな恰好」  思わず叫んだ俺に、セファがしーっと人差し指を口に当てる。 「いや、しーって……」 「お、おかしいかな?」  視線を逸らしてそう俺に聞くセファ。恰好から女性だと思い込んでしまい、モザイクの有無だけを気にして、顔をよく見ていなかった。  いや、よく見ていたとしても、気付かなかっただろう。それほどに完璧な『変身』だった。  首元が広く開いたリネンのTシャツは、少し大きめなのだろうかゆったりと着られている。 顔にはうっすらと化粧がしてあり、桜色のリップがセファの唇を控えめにを彩っていた。 「い、いや、おかしくはないけど……おかしくはないんだけどな」  おかしいというのなら、それは俺の頭の方だろう。もう、全てが、何が何だか分からなかった。 「そう、良かった」  そう言ってセファが微笑む。 ――なぜ、そんな恰好を?  セファにもう一度尋ねようとしたが、その前に講師が教室に入ってきた。それを見てまた俺は、声を上げそうになり、慌てて自分で口を押さえる。  その女性講師の顔にも、モザイクがかかっていた。

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