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三人目のレント:安寧を求めて
魔の水曜日。一限目から語学の授業ということもあるが、そこにはもう一つ、英語が終われば、四限目の現代ジェンダー論まで授業がないという盛大なトラップが仕掛けられていた。
次の授業まで何をするか、もしくはさぼってしまおうか。水曜の一限目は毎週、そんな葛藤と戦う時間だったのだ。
しかし、今日は……
授業中、絶えず襲ってくる悪寒と吐き気。前を向けば、モザイクのかかった講師の顔が見える。
授業とかノートとか、もうそういう次元の問題ではなかった。気持ちの悪さをただ耐える。教科書だけを見つめて。
と、俺の腕に手が添えられた。横を見ると、セファが心配そうに俺を見つめている。
「レント、大丈夫?」
セファの言葉に軽くうなずいてはみたが、それでは安心しなかったようだ。そのままセファはそっと俺の左手を握った。
手から伝わる温かさ。セファの手は、こんなに温かかっただろうか……
いや、俺の手が緊張で冷たすぎるくらいになっているのだ。クーラーの効いた教室の中では、セファの手の温かさが反対に心地よく感じられた。
ふと、セファを見る。目と目が合った瞬間、俺の心の中に、これまで感じたことのない感情が押し寄せた。
セファの少し潤んだ瞳で見つめられると、なぜか心臓の鼓動が速くなっていく。
なぜセファがそんな恰好をしているのか、今の俺には理解できない。しかし、目にする女性全員の顔にモザイクがかかっているこの状況では、セファの姿――水色のキュロットスカートに合わせたのだろうか、空色のリボンで結ばれたツインテール姿が、俺がまともに目にすることができる唯一の「女性」の姿であるような気がして、心のどこかで俺は安心していた。
いや、セファに安心を求めてしまっているのだ。
結局、セファは授業中ずっと俺の手を握っていた。それを講師に注意されることはなく、そのまま苦痛の時間が終わりを告げた。
テストの範囲を黒板に書き、教室を後にする女性講師。そして、次の目的地へ行くためにガヤガヤと移動を始める学生。
そんな中俺は、いつしかセファの手を自分の方から握っていた。それを離すこともできず、しばらく席に座り続ける。
「レント、大丈夫?」
セファが俺に身体を寄せてくる。無駄な肉の一つもないセファの、か細い身体が俺に触れると、ふと、それに身体を預けてしまいたくなるような衝動を感じ、そこで俺は慌ててセファの手を離した。
「あ、ありがとう。セファのおかげで随分楽になった」
よかった、とセファは返事したが、その表情が少し硬くなる。
それでも、まだ混乱した様子でいる俺を見て「ボクの部屋で少し休む?」と提案してきた。
「あ、ああ。そうしようか」
このままモザイクのかかった幾人もの顔を見ていると、頭がおかしくなりそうだ。いや、もうすでにおかしくなっているのかもしれない。
女性の姿をしたセファを見ていた方が、まだ精神的安寧を得られそうだ……そう思ったから、セファの提案に乗ることにしたのだ。
なのに……返事した瞬間、喉にえぐられるような痛みが走り、思わず喉を押さえる。
「どうしたの?」
「あ、いや、何でもない。どうもまだ、調子が悪いようだ」
「それはいけない。さ、行こう」
セファはそう言うと、俺の手を取り、教室の外へと俺を連れ出した。
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