31 / 50

三人目のレント:この世界は

「上書き」  セファの言葉が、ピンク色のリップを塗った唇から洩れる。 「上書き?」 「うん。現実(カレントデータ)がね、真実(バックアップデータ)に上書きされていくたびに、世界に『綻び』ができていくんだ。ボクのせいで」  セファの指が、俺の髪の毛から離れ、頬に触れた。 「は?」 「でも大丈夫。まだ、壊れてないから」 「壊れる? なにが?」 「何がって、ボクが、だよ」  頬を離れた指が、俺の鼻先に触れる。そしてセファはうっすらと微笑みを浮かべた。 「何言ってんだよ……セファ……」 「レントは、この世界が全て『データ』でできてるって、知ってる?」 「データ?」 「うん。ボクの髪も、服も、そして、レントの髪も、この顔も」  セファの指が、鼻を離れ、俺の唇に添えられる。 「データって、ゲームじゃあるまいし」 「そうだね、ゲームじゃない。ヴァーチャルでもない。データで作られた、リアルだよ」 「お、おい」  セファが……壊れている。 「ボクもレントも、データそのものなんだ」 「これがデータって言うなら、俺たちは生身のない存在っていうのか? 俺たちは人間じゃないって?」  馬鹿げている。  そう、馬鹿げているはずなのに、俺の頭の中に、あのモザイク人間が浮かんできた。 「うん、そうだよ。ボクたちはまだ、『肉体』の基となるデータ、でしかないんだ。このデータを使って肉体を合成する。それを待っている状態なんだよ」  どこか物欲しげな、そんな表情を浮かべながら、セファが唇を自分の唾液で湿らせる。 「何言ってんだよ。どうしたんだよ、セファ」  理解不能なセファの言葉に、俺は苛立ちを隠せなくなり、セファの肩を両手でつかんだ。  ふと、セファが笑う。  セファは俺の手の力に全く抵抗しようとはしなかった。俺はセファと一緒にそのままベッドへと倒れ込む。まるで、俺がセファを押し倒したように。  大きめのTシャツがずれ、セファの白い肩がむき出しになる。それが眩しく見えたから、俺は我に返った。 「ご、ごめん」  離れようとする俺を、セファの、吸い込まれるような瞳が止める。 「いいよ」 「な、なにが」 「2回とも、ボクからだったから、うまくいかなかったんだと思う。レントからなら、うまくいくんじゃないかな」  何を……セファは何を言っているんだ? 「だからレント。ボクを、キミのものにしてよ」

ともだちにシェアしよう!