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四人目のレント:何度目かの朝
息がつまる。呼吸ができない。溺れているような感覚。
遠くで、誰かが俺の名前を呼んでいる。そこに加わる「なぜ」という言葉。
と、耳元でけたたましい音が鳴り響いた。
目が覚める。つまっていた息が解放され、俺は大きく息を吸い込んだ。でも、それでは足りない。大きな叫び声を上げながら、俺は肺の中にたまっていた空気を外へと吐き出した。
そしてまた大きく息を吸い込む。それを何度か繰り返して、俺はようやく自分を取り戻した。
耳元で鳴った音は、スマート・リンケージが発する目覚ましの音だったのだが、しかし、そうだと分かるには少し時間がかかってしまった。
まだ目が覚めたばかりの、回らない頭で認識しようとしたから……ではなく、その音がいつもとは違って聞こえたからだ。
割れたような、音が重なっているような、耳に障る音。
部屋を見渡す。緩やかに冷気を送り出しているクーラー。本と着替えが散乱している、いつも通りの自分の部屋だった。
また、変な夢を見た。多分、夢、なのだろう……また?
何が「また」なのか、思い出せない。夢の内容も思い出せなかった。
まだ靄がかかったような頭を左右に振り、耳障りな音を出しているスマートリンケージを操作し、音を消す。
――壊れでもしたのか?
いつもとは違う変な音だった。現代において、生活のあらゆる場面で必要不可欠なスマートリンケージ。それが壊れたら生活ができなくなるというシロモノだ。
修理が必要なら、厄介だな……
そう憂鬱に感じながら、スマート・リンケージを見る。
木曜日、午前九時。
今日は二限目の授業から。開始は一〇時四〇分だから、今から出ればちょうどいい時間になるだろう。
――とりあえず、顔でも洗うか。
シャツとデニムを身に着け、机の上に無造作に置いてあった鞄を手に取ると、部屋を出て一階にある洗面所へと向かう。家の中には誰もいない。
両親は共に働いている。穀潰しと言われないように、まともな就職をしなければ。俺に期待されていることと言えば、それくらいだろう。
家を出ようとして、ふとセファからのメッセージが来ていないことに気が付いた。『親友』と言える関係になって以降、セファからは必ずと言っていいほど「おはよう」と「おやすみ」のメッセージが来ていたのだ。
まるで『彼女』だな。
心の中で苦笑しながら、セファの長い髪と時折俺をじっと見つめる下がり気味の目を思い浮かべる。どこかかわいらしい少女のような印象を見る者に与える、青年の顔。
セファが女の子だったら、俺たちの関係はどんなものになっていただろうか。
恋人? いや、セファが女なら随分と男にモテただろうし、さて俺が相手にされたかどうか。
女、ねぇ。
セファは長い髪を後ろでくくっている。頭の中で、それをストレートにしてワンピースドレスを着せてみる。
いや、そこにカチューシャを付けてブラウスとスカートなら?
もしくは、サマーニットとミニスカート。いや、Tシャツにキュロットか。思い切って、ぴったりとした大人の女性のスーツ……
頭の中で一通り、セファの『着せ替え』をしてみて気が付いた。
セファは今のままがいいのだ。青年ではあるが、どこかあどけなさと、か弱さと、そして儚さを持った、今のセファが。
と、得体のしれない衝撃が自分の心臓の中で跳ねた。
……何が『いい』んだ?
俺はセファを、『そういう』目で見ているのか?
そう言えば、セファはあまり女性に興味がなさそうに見える。知り合ってから三か月、そんな話をした覚えがない。
セファは俺をどう思っているのだろう。
そんなことを考えると、なぜか鼓動が速くなっていく。
俺に『そんな趣味』はないと思っていたのだが……何となく気恥ずかしくなって、俺は考えるのを止めた。
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