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四人目のレント:青年の姿で

 ワンルームマンションのエントランスに入るや、パネルに向けて、押し慣れたセファの部屋番号を入力する。呼び出し音の後すぐに、ドアのロックが外れる音がした。  エレベータで七階まで。ドアが開くのももどかしく、まだ開き切っていない隙間から外へ出ると、セファの部屋の前まで走り、ドアノブをひねる。  鍵はかかっていない。力一杯ドアを開け、中に入る。  目の前に、少し驚いた表情のセファがいた。 「レント、あのね」  セファが何かを言おうとしたが、それには構わずセファに抱き着き、力一杯抱きしめる。 「レント……どうしたの?」  戸惑った様子のセファの顔に、自分の頬を押し付けた。  いた……セファはちゃんと、ここにいた。それがうれしくてたまらない。  世界に誰一人いなくなってしまっても、セファがいるだけで、こんなにうれしいとは。  仄かな果実の香りが、セファのうなじから漂い、鼻をかすめる。  それは、いつも嗅いでいた匂い。でも今日は、それが特別なもののように感じた。  その瞬間、俺の胸の中で、抑えようもないある欲望が芽生えた。それが信じられず、俺は慌ててセファから体を離す。  走ってきたせいで、汗が俺の額や顔から流れ落ちている。その汗が、セファの頬を濡らしてしまっていた。 「ご、ごめん」  セファの頬を拭おうと、手を伸ばす。その手を、セファの手が握りしめた。 「大丈夫、平気だよ」  セファが軽く微笑む。  そこで俺は、セファの髪が前下がりのおかっぱボブになっていることに気が付いた。長かったはずのセファの髪が、首のあたりで切りそろえられている。前よりも、青年らしい姿。  どちらかと言えば女性っぽい髪型だったのに……なぜ。 「髪、切ったのか」  今この状況で言うことではない。そう思ったのだが、口から言葉が出るのを止められない。 「うん。おかしい、かな」  髪型以外はいつもの格好。薄手のゆったりしたシャツとタイトなデニム。  少し横を向いて、俺に見せるようにセファが髪の裾を触る。そして少し眉を顰め、どことなく曇った表情を見せた。 「いや、似合ってる。それに」  それに…… 「どんな姿でも、セファはセファだ」  その俺の言葉に、セファがはっとした表情で俺を見た。目を見開き、驚いた様子で。 「ど、どうした? 俺、なんか、変なこと言ったかな」  その反応に、反対に俺が驚いてしまい、慌てて確認してしまう。 「ううん、ううん」  セファが左右に首を振り、そして泣きそうな表情で俺に抱き着いた。  訳も分からずセファを両腕で受け止めたが、セファは俺の汗にも構わず、頬を俺にこすりつけてくる。 「お、おい。汗が付いてしまう」と言って俺がセファを引きはがそうとするのを、セファは「いい、いいんだ」と、腕の力を強めて抵抗した。

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