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四人目のレント:得体のしれない欲望
セファがその抱擁から俺を解き放つのを待って、二人で部屋の外へと出た。大学の周りをしばらく歩いてみたが、やはり人っ子一人いない。
正門から大学構内へ入ると、ハトが数羽、残り餌を探して地面をつついている。その横を通り過ぎ、総合図書館の前まで行って、もう一つ……人間以外で初めて『いなくなっているもの』を見つけた。
大学の名物になっていた、少年が二人肩を組む銅像……それが消え失せている。
「一体、どうなってるんだ?」
後ろを振り返り、セファに尋ねた。セファは、上目遣いに俺を見て、「もう、壊れかけてるんだよ」とつぶやく。その言葉に首をひねってしまった。
「何が?」
しかしセファはそれには答えない。ゆっくりと背を向けると、「スマートリンケージを部屋に置いてきてしまった」とつぶやいた。
「お、おい、何が壊れてるっていうんだよ」
セファが正門へと戻り始める。俺は慌ててその後を追いかけた。
追いつき、左手でその腕をつかむ。
「データ」
独り言のように答えるセファ。俺の手をじっと見て、そしてゆっくりと振りほどいた。
「データって……」
今の状況も理解できないが、セファの言うことも理解できない。
ふと、セファがどこか遠くに行ってしまいそうな、そんな気がして、慌ててセファの手を握る。それに驚き、セファが顔を上げた。
目の上側の線が丸く弧を描き、目尻のところで少し下の線を越えている。上に膨らんだ楕円の真ん中で、丸い円を描くやや黄味がかった瞳。その中央にある瞳孔が、セファの心の中への入り口のように黒く開いていた。
「部屋まで、こうしてても、いいか?」
単に握るだけではない。セファのそれぞれの指の間に、自分の指を入れ、軽く握る。まるで、恋人の様な……
しかし、こうしていないとセファがどこかへ消えてしまいそうに思えるのだ。
人間がいなくなっても、町中に漂う蒸し暑さ変わらない。汗が気になるか、と訊こうとしたがやめた。
「う、うん」
セファは頷いたが、何かに戸惑っているようだ。
それはそうだろう。昨日までの『親友』が、まるで恋人のように接してくるのだから。
――嫌、なのかな。
そうは思ったが、セファは別に手をほどこうとはしない。
何かを訊いてしまうと、この手が離れてしまうように思えて、部屋へと戻る間、俺は黙ったままでいた。セファも、何も言いださないまま、少しうつむき加減で俺の横を歩いている。
途中、二人の体が触れ合ったが、そのままセファの体を自分に密着させるように引き寄せると、セファはされるがままになっていた。
二人、体を寄せ合って歩く姿は、もし誰かが見たならば、呆れられたことだろう。
『暑いのに、熱いねぇ』と。
でも今は、そんな他人の視線を気にする必要はない。
――この世界に、セファと二人きり……
そう思った瞬間、胸の中の何かが更に俺をある行為へと突き動かした。セファの手を握ったまま、部屋へと走り出す。
「ま、まって」
セファが驚いてそう声を掛けてきたが、それには答えず、セファを引っ張っていく。マンションに着き、オートロックをセファが開ける間も、繋いだ手は離さなかった。
そんな俺に、セファは戸惑った様子を見せている。
エントランスから、エレベーターへ。そして、セファの部屋へと向かう。
部屋の中に入ってすぐ、俺はセファを壁に押し付けた。
「レ、レント、どうしたの?」
気持ちを伝えれば、セファは俺を拒絶するだろうか。この世界に、もしかしたら二人きりになってしまったかもしれないのだ。
今、セファに拒絶されれば、俺はどうなる?
――でも……
衝動が止まらない。こんな、全身が毛羽立つような気持ちになったのは初めてだ。セファと出会った時から昨日まで、こんな気持ちになったことは無かったのに。
――なぜ? 分からない。
セファを抱きしめてしまった時に感じた欲望。
今は、こんなことをしている状況ではないはずだ。そう頭でわかっていても、抑えることができない。
セファは壁にもたれ、いまだ戸惑いの表情で俺を見つめている。そのセファに向けて、俺の口から欲望が吐き出された。
「分からない。分からないけど、お前が……お前が欲しいんだ」
吐き出された言葉にセファが驚き、そして俺も驚いた。
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