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四人目のレント:三度の謝罪の意味するものは
セファを、恋愛……いや、あろうことか性欲の対象として見てしまっている。
なぜ? これまでそんな風に思ったことなど一度も無かったのに。
それが人間という生物の繁栄に背く感情であったから。そして今、二人を取り巻いている状況がその箍 を外したから……
そうなのか? 俺は、セファへの想いを深層心理に埋めて、これまでずっと『親友』を装っていたのか?
分からない。分からない。なぜこんな気持ちになっているのか、自分でも分からない。ただ、セファが欲しい……心も、体も。
それは、胸をかきむしりたくなるような、欲望だった。
二人の間を言葉のない時間が過ぎていく。二人の口から出される息の音だけが、玄関という狭い空間に響いた。
セファは、眉を寄せて俺を見つめている。
それが困っているようにも苦しんでいるようにも見えて、俺の心の中に怯えという感情が生まれた。
そしてそれが、一秒ごとに大きくなっていく。
俺の言葉が、『親友』という関係を壊してしまった……そう悟って、俺は手の力を抜き、セファを壁から解放する。
「ごめん。俺、こんな時に、どうかして……」
そしてセファに背を向けた。
きっとセファの頭の中で俺に対するネガティブなイメージが生まれたに違いない。でも、どうやっても、それを消すことはできない。
――なぜ俺は、あんなことを。
言わなければよかった。取り返しがつかない。
押し寄せる後悔に唇を噛んだその時、俺の体をセファのか細い腕が抱きしめる。俺の背中に、セファの頭が押し付けられた。
「ごめんね」
背中にセファの息がかかる。抱きしめる力と頭を押し付ける力が強くなった。
「なんでセファが謝るんだよ。俺が変なことを言ったから」
「違うんだ。違うんだ、レント」
背中に、微かな振動が伝わってくる。セファの白い腕に、自分の手を添えた。
「ごめんね、赦して」
「だから、お前が謝るなって」
セファの細い腕をほどき、ゆっくりと振り返る。セファは顔を崩して涙を流し、俺を見上げていた。
「ごめん……」
後から後から、セファの目から涙があふれ、頬を零れ落ちる。
俺の気持ちには応えられない。きっとセファは、だから泣いているのだろう。
拒まれたことより、セファを泣かせてしまったことが、俺を責めている。そのことが俺の心臓を締め付ける。
「なんでセファが泣くんだよ。俺が悪かった、忘れて」
……くれ。
しかしその言葉を、俺は最後まで言うことができなかった。
セファの腕が俺の首に掛けられる。そして、俺を自分の方へと引き寄せると、その少しくすんだ桜色の薄い唇で、俺の口を塞いでしまった。
セファの髪からまだ熟れ切っていない果実のような香りが漂い、俺の鼻をくすぐる。
――なぜ?
何が起こっているのか、理解が追いつかない。
「なぜ」という問いを、今度はセファの行為に向けなければならなくなった。
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