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データたちの方舟:プロセスの始まり
目が覚めた。
程よい冷気が、何も身に着けていない肌に直接当たっている。まだ起き上がりたくないという気持ちが強くて、シーツに顔をうずめた。
セファの匂いがする。ここは、セファの部屋なのだ。
デジタル表示の時計を横目で見る。
七月一二日日曜日、一二時一二分。
随分と遅い『お目覚め』だった。一と二が並んでるなと笑いながらゆっくりと体を起こし周りを見渡す。
セファの姿が、見当たらなかった。俺の隣にも、部屋の中にも。
「セファ」
何回か呼びかけてみたが返事がない。ベッドから起き上がり、バスルームをのぞく。まだ湿り気の残る空気が、昨日ここでも愛し合ったことを思い出させた。しかし、セファはいない。
リビングに戻る。テーブルの上に、セファのスマートリンケージが置いてあるのに気が付いた。
「なんでだ」
外に出かけたのだろうか。でもそれはありえない。生活の全てが、このスマートリンケージで行われるのだ。それを持たずに?
そこまで考えて、自分の置かれている状況を思い出した。俺とセファ以外、誰もいない世界。他に行く場所など、どこにあるというのか。
じゃあ、セファはどこに行ったんだ? 散歩? 俺を置いて?
ありえない。
まさか……
俺の頭の中に、最も想像したくないイメージが浮かんだ。
まさか、まさか……セファまで消えてしまったのか?
閉じられていたカーテンを開け、窓の外を見る。
車も人も何もない町。それは一昨日と変わらない。しかし……
色が、褪せていた。世界の色が。
道路沿いの並木は、全ての葉が灰色と白色に染まっている。離れたところにあるマンションの壁には黒い染みができていて、まるで液晶のドット欠けのようだ。
空は褐色に……このマンションの周りには、それでもまだ色があった。遠くに目を移すと、見えていたはずの街並みが漆黒の闇に沈んでいる。
「なんだ、これは」
言葉は、それだけしか出てこなかった。世界が、まさに壊れていっているのだ。
セファ……セファ、お前も消えてしまったのか? 俺を置いて?
セファの痕跡を求めて、スマートリンケージを手に取る。
画面の下に、『プロセス完了時刻:七月一二日二〇時〇〇分』との表示が出ていた。
「プロセス、完了?」
なんのことだろう。独り言のようにつぶやいた瞬間、そのスピーカから声が聞こえた。
『橘レント、だな』
人間のもののようで、そうとは思えない無機質な声。驚いてスマートリンケージを落としそうになるのを、慌てて抱え込んだ。
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