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データたちの方舟:声の主

「だ、誰だ!」  スマートリンケージに向け、そう叫んだ。 『私か? 私はシル。データ管理局のサポートプログラムだ』 「データ? 管理局?」 『そうだ』  声の主が一体何を言っているのか、想像すらできない。しかし、俺とセファ以外にまだ誰かがこの世にいるようだ。 「あんたはどこにいるんだ? みんな、いなくなってしまったのに」 『私は人間ではない。プログラムだ。人工知能と呼んでもいい。だから、どこにもいないともいえるし、ここにいるともいえる』  謎かけのような言葉。その意味はよく分からなかったが……このシルというのは、人間ではないということなのか。 「何が起こってるのか、知っているのか?」 『今、その世界で起こっていることが聞きたいというのなら、教えてやろう。データ削除のプロセスが開始された。もうすぐ秋水セファのデータが消去される』 「セファのデータ? 何言ってんだよ」 『事実を述べているに過ぎない。お前がいるのは、秋水セファについてのデータの中であり、お前もそのデータの一部に過ぎない』 「意味が分からない」 『セントラルデータベースには、人間一人一人の《データ》が記録されている。DNA情報、生活環境情報、交友関係情報、生前の行動記録、それらすべてが』 「待て。じゃあ何か? 俺もセファも、この世の中全部が単なる《データ》だって言うのか?」 『そう言っている。見た目も能力も行動も、そして記憶も全て、データとして記録されているものだ』  いつも通りの日常の中で聞いていたならば、こんな話、多分信じなかっただろう。どこかのイカレた奴の悪戯……そう笑って、話を切っていたはずだ。  顔を上げて、窓の外を見る。遠くを覆っていた真っ黒い闇が、少し大きくなっているような気がした。  ここは仮想空間(バーチャル・スペース)、だというのか?  俺も、セファも、仮想空間に生きる《キャラクター》ということなのか?  馬鹿げてる……信じられない。  部屋の壁を叩いてみた。鈍い音が響き渡る。 「これがデータ? お笑いだ。それが本当なら、《本物の人間》はどこにいる」 『皆がお前と同じように、ただデータとして、データ管理局のセントラルデータベースの中で保管されている』 「データなら、管理している人間がいるはずだろ」  与太話に付き合っている暇はない。俺はセファを探したいのだ。  しかし、聞こえてきた次の言葉が、その衝動を止めた。 『もう、どこにもいない』

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