45 / 50

データたちの方舟:世界の終わりへ

 俺が……セファに? 殺された? しかも、三回も?  そんな記憶はない。この声の主の言葉を信じるなら、「そんなデータはない」ということになる。 『データは、上書きによって消えてしまっている。お前が覚えていないのも無理はない』  俺の知らない《現実》。セファがそんなこと、するはずがない。そう思いながら、あらためて部屋を見渡す。  ベッドの傍にナイフが落ちている。床からそれを拾い上げると、頭の中にふと、セファがナイフを握り締め、ベッドで眠る俺を見下ろしているイメージが浮かんだ。 『ごめんね』という言葉とともに。 「なぜセファは、俺を」 『自分で確かめればどうだ。このスマートリンケージには、その記録が残っている。ロックはかかっていない』  セファのスマートリンケージは今、俺の手の中にある。  どんな記録なのか……音声か、それとも画像か。手が、操作の為に一瞬動き、そして思いとどまった。  セファは、これを俺に見せようと置きっぱなしにしたのだろう。でもそれは、セファの遺言のようにも思える。  この中を見てしまえば、二度とセファに会えなくなる。そんな気がした。 「この世界はどうなる。元に戻るのか?」 『もう何をしても、元通りには戻らない。秋水セファのデータは壊れすぎたのだ。これ以上破損が大きくなると、セントラルデータベースのデータにも影響が出てくる。ゆえに、《プロセス》が開始された』 「プロセス……それはなんだ?」  セファのスマートリンケージには、『プロセス完了時刻』が表示されている。これのことだろう。  あと七時間ほどだ。 『秋水セファのデータをセントラルデータベースから削除する。そのプロセスだ』  さく、じょ? 「消すってことか」 『そうだ』 「消されたら、どうなる」 『データベースを再構築し、秋水セファが存在しないデータへと更新される』  セファが、いない、世界? 「ま、待て。そのプロセスとやらを止めろ!」 『停止は不可能だ』 「待て、待て、待て……どうしたらいい。何か方法はないのかよ、セファが消えない方法は!」  スマートリンケージに向け、俺は怒鳴った。怒鳴って、怒鳴って、怒鳴り散らした。  ない。ありえない。セファがいない世界だなんて。 『ないわけではない』 「あるのか。教えろ、教えてくれ!」  俺の怒鳴り声が、懇願へと変わる。 『ならば、秋水セファに会え。全ては、あれ次第だ』  その言葉が本当なのか、それとも嘘なのか。  俺はそれを確認することなく、セファのスマートリンケージを握りしめたまま、セファの部屋を飛び出した。

ともだちにシェアしよう!