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データたちの方舟:ありのままで
『なぜ、来たの』
しかし俺は、その問いには答えず、セファに向けてスマートリンケージを差し出した。
「お前のだろ」
「見たんだよね、レント」
セファが俺から視線を外し、俯く。
「ボクの……汚い心の……中」
髪が頬にかかり、セファの表情を隠した。手を膝の上に乗せ、拳を強く握りしめている。
ゆっくりと近づき、机の上にセファのスマートリンケージを置いた。セファは、体をこわばらせたまま、顔を上げようともしない。
セファの肩に手を置く。悪戯を見つかった子供のように、セファの体が一瞬跳ねる。俺は、そのままセファの胸に腕を回して、セファを静かに抱きしめた。
「あ……」
セファの口から声が漏れる。ボブヘアと肩が、微かに震えていた。
そっと、セファの髪を嗅いだ。いつもより酸味のきつい香りは、セファの汗の匂いだろうか。
教室の中が湿気で蒸し暑いせいだろう、セファの髪が汗で湿り気を帯びている。俺はそれに構わず、自分の頬をセファの髪に押し付けた。
二人の汗が、混じり合う。
「いや、見てない」
耳元で、そう囁いた。
「なぜ」
まるで独り言のように、セファが呟く。
「見なくても分かる。それほどまでにセファは、俺のことを」
愛してくれていたんだろ?
しかしその言葉は、セファの唇で塞がれてしまった。顔を上げ、雛が餌をねだるように、セファが口を開ける。俺たちは激しいほどに、お互いの舌を求め合った。
しばらくのキスの後、二人の唇が離れる。その間に、名残を惜しむかのように、唾液が糸を引いた。
「レント……ボクは、ボクはね」
眉を寄せ、切なく潤んだ瞳で、セファが俺を見上げる。そのセファの顔を、俺の胸の中に抱き寄せた。
「俺はここにいる。もう、気にするな」
セファの腕が俺の背中に回る。セファの嗚咽が漏れ出した。
「ボクね、女の子になろうとしたんだ」
「なぜ?」
「そうしたら、レントもボクを愛してくれるかもと思ったから」
「……セファは、自分が女だと思ってるのか」
「ううん、全然。ボクは、男の子だから」
「セファはセファだ。そう言っただろ。そのままでいい」
「うん、そうだね」
嗚咽が大きな泣き声に変わる。
「ボクが、間違ってたみたい」
俺の胸の中で、セファはただただ泣いた。その髪を優しく撫でる。
汗の湿り気が艶っぽさを出していた。
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