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データたちの方舟:終わりの終わり

 ひとしきり泣いた後も、セファは俺の胸に顔をうずめたままでいた。 「セファ、『外』に出ろ」  そう囁き、セファの髪に唇を寄せる。  セファがそれにうなずこうが首を振ろうが、もうすぐ俺は、セファのデータの中の橘レントは、セファに触れることができなくなる。 「このまま、ボクを終わらせたい。レントがボクを愛してくれた、この世界で、終わりたい」  セファが、俺を抱えたまま席を立ち、床に膝をつく。つれて俺も、床に膝をついた。頬を合わせて、抱き合う。 「お前が削除されれば、もう未来はない。俺たち二人の愛も、終わる」 「でもキミは、本当のレントじゃない。ここにしかいない、ボクの、ボクだけのレントだから。ねえ、ボクのこと、愛してる?」  セファの腕に、力が込められた。 「ああ、愛してる」 「ホント?」 「愛してる。心から」  セファが、俺の耳に口づけをする。 「うれしいよ。もう、思い残すこと、ないかな」  腕の力が少し緩んだ。 「俺は、ある」 「え?」  セファの肩をつかみ、驚いた様子のセファを正面に見据えた。 「セファ、『外』に出ろ。この方舟の、外に」 「いやだよ」 「なぜ」 「だって、『外』には」  セファの瞳から、涙が流れ落ちる。 「レント、いないじゃないか」 「俺はお前を離したりはしない。待ってろ。俺も必ず『外』に出る」 「うれしい、うれしいよ、レント。でも、キミは『橘レント』じゃないんだ。セントラルデータベースにいる『本物のレント』とは別物の、ボクのデータの中だけにいる、ボクを愛してくれたレント。『本物のレント』は、ボクを拒絶したレント、だよ」  セファは、俺のTシャツの胸元を握りしめ、俯いた。 「セファのこと、親友だと思ってた。親友と恋人は違う。それを受け入れられなかっただけだ。セファがいなくなれば俺は、いや、『本物の橘レント』も、自分の気持ちに気付くはずだ」 「それはキミがそう思っているだけ。それに、ボクのデータが消えれば、『橘レントの中の秋水セファ』も、消えるよ」 「確かに俺はコピー……偽物かもしれない。でも、この俺の、今の気持ち。セファが好きだという気持ちは、どこから来た? 無から有は生まれない。この気持ちは、『本物の橘レント』だって持っているはずだ」 「キミがいい」 「『外』に出ろ、セファ。俺は、絶対にお前を、忘れたりはしない。たとえお前のデータがこの世から消えても、だ」  セファが俺を見上げる。その拍子に、涙がまた零れ落ちた。セファの唇にもう一度口づけをしてから立ち上がり、机の上にあったセファのスマートリンケージを取り上げる。  時計は、午後七時五二分を示していた。 「シル、とか言ってたな。いるんだろ」 『いる、というのは正確ではないな』  手のひらの中の端末機器から、相変わらず何の感情もこもっていない声が応答した。 「言葉なんてどうでもいい。セファを『外』に出すにはどうすればいい」 『スマートリンケージを秋水セファに渡せ。本人が知っている』  その言葉に、俺はスマートリンケージをセファへと差し出した。セファは、それを恐る恐る手に取り、じっと見つめる。 「いやだ」 「セファ」 「いやだいやだいやだいやだ!」  セファは、スマートリンケージを握りしめながら、首を左右に激しく振った。 「いやだよ、レント」 「セファ。出るんだ」  床に跪き、セファが俺を見上げる。零れ落ちる涙を拭こうともせず、唇を噛んで、縋るような目で俺を見ていた。 「レント」 「なんだ、セファ」 「愛してる」 「俺もだ。だから、終わらせるな。二人で、外へ出よう」  セファの手がゆっくりと上がり、スマートリンケージを自分の顔の前に持ってくる。 「レント」 「なに」 「ボクを、抱きしめて」  俺は、セファを後ろから抱きしめた。きつく。きつく。  時計の表示はもう、午後七時五九分になっている。 「ねえ、レント」 「なんだ、セファ」 「待ってる」 「ああ、待ってろ」  二人で交わす、最後のキス。  セファは、ゆっくりと息を吸い、そして吐き出した。 「肉体再生プロセスを、希望します」 『本人の意志を確認。プロセスを開始する』  スマートリンケージから聞こえた声は、やはり無感情なものだった。

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