49 / 50
セファ、始まりの始まり
眼下には、一面緑色の自然が広がっていた。時折、森の上を何羽かの鳥が飛んでいく。その緑色の中にぽっかりと開いた場所があり、湖が空の色を映して青色に染まっている。
雲一つない快晴。遠くの方にはうっすらと、塔の上の部分が地平線から突き出すように伸びているのが見えた。
――あそこに辿り着くのは、まだまだ先、かな。
展望塔のエレベータに乗る。軽く浮き上がるような感じがしばらく続いた後、今度は体全体に重たさを感じ、そしてドアが開いた。通路と、その先にはガラス越しに緑色の木々が見える。
通路を四角い箱のような機械が横切っていく。ボクしかいない建物の中を、その清掃ロボットは、毎日丹念に掃除していた。
――湖に行ってみようかな。
そう思って、通路を出口へと向かう。その通路の途中には、いくつかの扉がついていた。
右側の一つは、ボクをこの世界に『産んだ』肉体合成装置のある部屋に繋がっている。羊水のような液体に満たされたカプセルから吐き出されたのは、もう一ヶ月ほど前のことだ。
そのような部屋はいくつもあったが、それらから今日まで、新たな人間が産み出されることは無かった。
――一人きりだね。
他の部屋には、様々な道具を作る装置と、食料を作る装置、その他、一体何の用途に使うのかよく分からないものも並んでいた。日常生活には困らない。
これらが作られてから一体何年経っているのだろう。誰もいない中で、いくつかの機械たちがそれらを管理しているようだった。
通路を抜け、外に出る。今日は、麻でできた白いワンピースを着てきた。ゆったりとしたデザインのその服は、ボクには少し大きいようで、風が少し強く吹くと、乾いた音をさせながらはためく。
少し伸びた髪が、肩にかかっている。手入れをさぼったせいで、先端が少し傷んでいるようだ。
森の中を通って湖に向かう道を進む。この道は、機械たちが切り開いてくれたのだろう。しばらく歩くと、湖に出る。湖面が太陽の光を眩しいくらいに反射していた。
ワンピースを脱ぐ。下には何も着けてこなかった。少しなだらかになっている斜面から、水際へと降りる。足を水に付けると、その冷たさが気持ちよかった。
水の中に身体を浸す。
塔の中にも、入浴設備はあった。でも、こうやって全身を水に包まれると、掻き毟るほどの身体のほてりが、少しだけ治まってくれる。
湖の中央に向けてゆっくりと水の中を歩いていった。直ぐに首のところまで水に浸かってしまう。
――髪が濡れると、後で洗うのが面倒かな。
少しだけ躊躇った後、今日は気にせずに泳ぐことにした。少し体力も付けないと、いつまでたってもあの塔に辿り着くことができなさそうだから。
――いつになるかな。
苦笑とも、嘲笑ともつかない笑いが込み上げてくる。
ひとしきり泳いだ後、水際の岩に腰かけた。濡れた髪を風が通り抜けていく。荒くなった息を、ゆっくりと深呼吸をして落ち着かせた。
少し傾いた太陽の後を、淡い白色をした細い月が追いかけている。このままでいたら、日焼けしてしまうだろうか。
あまり肉の付いていないお腹。あばらの浮き出た、胸。
一つ息を吐く。
その時、誰かの手がボクの髪に触れた。
軽く透いた後、指に巻き付けるようにくるくると回す。その指が髪を離れ、そして肩に触れた。
ハッと……なった。心臓の鼓動が、どんどん、どんどん、速くなっていく。
その手に自分の手を重ねてみる。瑞々しく、そして力強い手。少し硬い、しっかりとした指。
逸る気持ちと、少しの恐ろしさ。そして、すぐにでも口からあふれ出そうなほどの、期待と不安を押し殺しながら、ボクはゆっくりと、後ろを振り向いた。
ともだちにシェアしよう!