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第一章・2
目を覚ましても、貴士はしばらくベッドの中でまどろみを楽しんだ。
空を飛ぶ爽快感。
あの余韻を、味わっていた。
そして、あの少年。
美しい、雪の精のような子だった。
しかし、いつまでもこうしてはいられない。
「お父様が、会わせたい人物がいる、と言っていたが」
だいたい見当はつく、と貴士は少し憂鬱になった。
もう30歳になる貴士には、父が次々に縁談を持ち掛けてくる。
お見合いは何度もしたし、婚約も何回かした。
しかし、どうしても結婚に踏み切れない。
貴士は、額にかかってくる少し長めの黒髪を掻き上げた。
「誰もかれもが、私に媚を売ってくる」
むろん、その気持ちは解る。
竜造寺家に入れば、その地位が手に入るのだ。
両手に抱えきれないほどの財力と、人の運命を決めるほどの権力。
誰だって、喉から手が出るほど欲しいだろう。
ふん、と貴士は鼻を鳴らした。
パジャマを脱ぎ、熱いシャワーを浴びる。
「くだらん人間なら、見合いの席で断ろう」
社交界で、自分が氷のように冷たい男と囁かれていることも、知っている。
だが、この生き方を変えるつもりは無かった。
氷で結構。
無駄な時間と労力を費やす気は、無かった。
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