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第一章・5
「竜造寺家を蹴ってまで、とは。そのお相手は、どんな立派な方だろうか」
「弊社の、社員です」
「役職は?」
「支店長を務めておりました」
貴士は、呆れていた。
たかが支店長の肩書を持つ人間と、天秤にかけられた。
そして、私の方が弾かれたのだ。
「竜造寺さまには、真にすまなく思っております」
ですが、と悠希は訴えた。
「この縁談、僕ではいかがでしょうか? 一生懸命、尽くしますから!」
それに重ねて、父・雅士が畳みかけた。
「九曜貴金属さんと言えば、明治時代から続く名門。悪い話ではないと思うが」
どうやら父は、この縁談をまとめたいらしい。
貴士は、昨夜の夢を思い出していた。
雪の中でうずくまっていた少年に、手を差し伸べるか。
それとも、捨ておくか。
貴士の射るような視線にも屈せず、必死に見つめ返してくる悠希。
そのまなざしに、興味をひかれた。
(私が、怖くないのか)
氷のような男とささやかれる、この私が。
「いいでしょう。婚約しましょう」
気まぐれで、そう言ってみた。
どうせすぐに、逃げ出すに決まっている。
これまでの婚約者が、そうだったように。
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