21 / 90

第三章・6

「君はてっきり、竜造寺家の資産が目的で私に近づいた、と思っていたが」 「恥ずかしいお話ですが、それも事実です。でも」 「でも?」 「あの晩から、私は貴士さんのことが忘れられなかったのです」  宵闇のバルコニーで出会った、年上の青年。  体調が悪いにもかかわらず、その振る舞いは終始紳士的で品があった。  その運命の晩、悠希は恋に落ちてしまったのだ。  貴士は悠希の話を、冷静に聞いていた。 (こういう子には、これまでも何度か出会ったことがある)  まだ学生の頃から、貴士は人を惹き付けた。  皆、憧れの眼差しを向けて来たものだ。 「一目惚れしました」 「運命だと思います」 「付き合ってください」  もちろん、気に入った子とは交際もしたし、深い仲にもなった。  だが、それで終わり。  貴士の心の奥底まで深く忍び込む人間は、いなかった。

ともだちにシェアしよう!