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第六章・6
「早く貴士さん、帰ってこないかな」
そして、カッコよくなった僕を見て欲しい。
驚いた後、微笑んで欲しい。
「ああ、こんな気持ち初めて」
愛する人のために綺麗になるって、こんなにドキドキすることだったんだ。
だが、貴士の帰宅予定時刻までは、まだ長い。
悠希はその間、庭園を散策することにした。
先だっても歩いたが、広すぎてまだ全ては見ていないのだ。
まだ冷たい春風の中に、悠希は飛び出した。
「すごい。春の花が、もうこんなにたくさん」
花壇には、規則正しく春を彩る園芸植物が咲いていた。
チューリップに、パンジー。
アネモネに、菜の花に、ムスカリ。
終わった花を摘んでいる庭師と話をしてみると、ここで育ったものではないと言う。
「花き農家で育てた苗を、移植しているんです」
「そうだったんですか」
ただ、この屋敷を彩るために。
そして、花が終われば破棄されるのだろう。
「何だか、可哀想だな」
「薬草園なら、お屋敷で育てているものが見られますよ」
「行ってみます」
庭師にお礼を言い、悠希は東へ歩いた。
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