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第九章 心の行方
午後2時、10分前に貴士と悠希は席に着いた。
以前、二人が見合いをしたホテルのエントランスカフェに、待ち合わせの約束をしていたのだ。
そのわずか1分後、待ち人は現れた。
九曜 丈明(くよう たけあき)。
悠希の、父だ。
「お待たせして、申し訳ございません」
「いいえ。わたくしも、今到着したところです」
すぐにコーヒーが運ばれてきたが、丈明は口も付けずに貴士に向き直った。
「悠希は連れて帰ります。では」
「お待ちください」
貴士は慌てた。
今日は、うちが九曜貴金属さんに融資をする話のはずだが!?
「息子が、ご迷惑をおかけいたしました。縁談は、無かったことに」
「九曜さん。まずは、商取引のお話しを。悠希くんの件は、その後ゆっくりと」
しかし、丈明は首を横に振るばかりだ。
「竜造寺さんの申し出には、深く感謝しております。しかし、今回の話はあまりにも」
にわかには信じがたい、という丈明だ。
氷の貴公子・竜造寺 貴士。
ビジネスマンとしての彼を、悠希の父は信用していなかった。
その異名の通り、これまで眉ひとつ動かさずにライバル会社を蹴落としてきた男だ。
何の見返りもなく突然、多額の融資を申し出ること自体、胡散臭い話だった。
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