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第九章・5

『氷の貴公子の贄になど、しませんから』  悠希の父の言葉は、いつまでも貴士の耳から離れなかった。 『貴士さん!』  悠希の自分を呼ぶ声は、いつまでも貴士の心から剝がれなかった。  溜息をつき、落ちてくる前髪を手のひらでなぶる。 「まさか、こんな結果になろうとは」  濃い目のブルーマウンテンに口をつける。  すでに冷めきってしまったそれを、一気に干した。 「終わってしまったことは、仕方がない」  そう。  終わったのだ。  九曜貴金属が、今後どうなろうが私にはもう関係ない。  融資を蹴ったのは、あちらなのだから。  悠希を失ったが、私には縁がなかったのだ。 「どこまで私について来れるか、半信半疑だったことだし」  忘れよう。  そう決めて、貴士は椅子から立ち上がった。

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