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第九章・7

 貴士は、軽く首を振った。 「いかん。本当に、酔っているんだ」  この私が、過去の少年に囚われるなど。 「氷の貴公子、か」  誰が言い出したか知れない、異名。  だが、それが通っているとなると、皆そう思っているのだろう。  もう、寝よう。  ベッドに身を投げ出したが、やけに広い。  隣に寄り添う、悠希がいない。  昨夜は、二人であんなに愛し合ったというのに。 「愛、か」  自分には、無縁だと思っていた。  そのようなものは不要だし、かえって邪魔になる。  そう、思い込んでいた。  しかし……。  貴士は、愕然としていた。  声を聞きたくても、悠希の電話番号を知らない。  メールをしたくても、アドレスを交換していない。  彼と自分を繋ぐものは、何一つ残されていないのだ。

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