74 / 90
第十一章 二つの幸せ
貴士は悠希の両親から、彼との婚約を許してもらい、有頂天になっていた。
「結婚式には、海外からも名士を呼ぼう。三日三晩の宴を開いて、贅を尽くそう!」
しかし、そんな貴士の前に掛けて紅茶を口にする悠希は、少し浮かない顔だ。
「どうした、悠希。嬉しくないのか?」
「あ、いえ。嬉しいです。ただ……」
「ただ?」
「僕だけ、こんなに幸せでいいのかな、って思って」
首を傾げる貴士に、悠希は駆け落ちした兄・日明(あきら)の名を口にした。
元は、貴士とお見合いをするはずだった、日明。
しかし、彼にはすでに愛し合う人がいた。
そして、駆け落ちしてしまったのだ。
「今ここに居ない兄上の心配をするとは、やはり悠希は優しいな」
正直、日明は貴士にとってはどうでもいい存在だった。
自分を蹴って、他の男の元へ走った人間。
プライドを傷つけられた貴士は、日明に良い印象を持っていなかった。
「大丈夫だろう、独りではないのだから。どこかで幸せに暮らしているさ」
「そうでしょうか」
悠希は、その小さな胸を痛めていた。
悠希の両親が、まだ日明を許してはいないのだ。
大事なお見合いをすっぽかし、駆け落ちするなど非常識すぎる。
もし、のこのこ目の前に現れても、家の敷居はまたがせない。
そんな風に、怒りをあらわにしているのだ。
ともだちにシェアしよう!