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第十一章・8

 それにしても、と悠希は貴士に向けて頬を染めた。  貴士の屋敷に戻り、ベッドの上で手を繋いでいた。  その薬指には、輝くエンゲージリングが。 「こんなに大事な指輪を、僕に」 「正直に言えば、ただの婚約者なら新しく買って贈るところだ」  だが、悠希なら。 「悠希だからこそ、お婆さまの形見を譲りたい、と思えるんだ」 「僕、この指輪にふさわしい人間に、なります」 「背伸びはしなくてもいい。君はすでに、その価値ある人間なのだから」  二人で、温かなキスを交わした。 「近いうちに、お兄様と一緒に両親に会いに行きます」 「それがいいな。私も、同席しても?」 「もちろんです。いてくださると、心強いです」 「ありがとう」  少し、冷える夜だった。  それでも明日の日中は、温かくなるのだろう。  寒暖差の激しい毎日は、本格的な春の訪れを示していた。  桜の便りも、訪れ始めていた。

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