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第十二章・5

 衣服を乱したまま、二人はしばらく風に吹かれていた。  うっとりと放心している悠希の髪を、貴士が撫でる。  まるで現実離れした幸福感を、二人で味わった。 「寒くないか、悠希」 「少し、冷えてきましたね」  ふふっと笑い、悠希は襟元をそっと閉じた。 「服を、整えないと」 「少し、待って欲しい」  にじり寄る貴士に、悠希はいたずらっぽく微笑んだ。 「もう一回、なんてダメですからね。貴士さんが風邪をひくと……」  貴士は無言で、ただ悠希を抱きしめた。  悠希が苦しくないよう、緩やかに。  だが、しっかりと抱きしめた。 「た、貴士さん?」 「悠希、好きだ。本当に、愛している」  貴士は、春風と共に悠希を包んだ。  その大切な体を、心を、命を。  この世の全てから守るように、包み込んだ。  時が、止まったかのようだった。  時を止めて、二人は愛を確かめ合った。

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