29 / 57
第29話 C-01 和磨×Nao ㉓
当日その場で台本を渡され、わすが1時間程でセリフから絡みの動き方まで全て頭に入れてNGもなく進んでいく。新人女優も彼とキスを交わすと本当の彼氏に抱かれているような幸せそうな顔で身体を預けていた。
そうこれが初めてNaoという男優を見た日の光景。あの時もこんな衝撃があった。出会った頃にタイムスリップしたような異空間にいた僕はただベッドの上の二人から目が離せずにいた。
この状況で思うのはおかしいかもしれないけれど今まで立ち会った撮影の中で一番プラトニックで美しく官能的だったんだ。
そして休止の意図はわからないが後悔しない様に最後の務めを果たしている様にも見えた。
自分の心も身体も隅々まで全て解放して彼はベッドの上に横たわって終わった。
「お疲れ様でした!」
全ての撮影が終わり出演者、スタッフ全員から彼に拍手が送られる。監督が彼に手を出して握手しようとした瞬間ガバッとハグされ驚いた顔の彼。
「Nao、絶対戻ってこいよ!そしてそのエッチな身体と顔また撮らせてくれ」
「もう〜監督!」
「Naoみたいな男優はなかなか出会えないよ」
「大袈裟ですよ。でもありがとうございました」
あの鬼監督にそこまで言わせた彼は凄い。そして後から聞いた話だが、彼のデビュー作を撮ったのも紛れもない鬼監督だったらしい。
撮影が終わるとスタッフの戦場がまた始まる。スタジオ使用時間が迫っているため、時間との勝負だ。感傷 に浸っている場合じゃない。片付けを始めようとする僕に先輩が言った。
「あー!岩咲は撤収作業いいから!」
「えっ?何でですか?」
「それよりNaoくんを家まで送って行ってあげて。はい鍵!」
そう言って社用車のキーをフワッと投げた。キャッチした僕に意味深な顔で親指を立て、特にこれと言った説明もなく行ってしまった。
「え、、送って行けって言われても……」
とりあえず彼が帰ってしまう前に早く行かないと。僕は彼の控え室に行きノックをすると着替え途中の彼が顔を出した。
「はい。和磨?」
「えっとあのさ、、今日家まで送るよ」
「えっ?家まで?そんな悪いよ、うち遠いし」
「遠くても大丈夫。だって……最後でしょ」
少し悩んだ表情で俯いて時間を置いて言った。
「わかった、、ちょっと待ってくれる?」
先輩のお節介で来たけれど、本当はまだ彼と一緒に居たいのが本心だ。だけどA'zoneとの契約話とか男優休業宣言とか正直ここ数日で感情がかき乱され疲れていたのも事実。
先に駐車場へ行って雑に置かれていた助手席の荷物を後部座席の一番後ろに運び座席のゴミを手で払う。
「よし、これでいっか。あっ、、痛ッ!、、Naoくんいたの?」
振り向いたら真後ろに立っていた彼に驚いて頭をぶつけてしまった。
「今来たけど、、頭大丈夫?あっ……もう尚翔でいいよ。仕事終わったし、、二人きりだし」
「あっ、うん……じゃ乗って」
女性をエスコートするみたいに助手席を彼が乗ったのを確認してドアを締めた。ぶつけた後頭部を摩りながら運転席に乗る。
シートベルトを引っ張ると彼も気付いて自分のシーベルトを装着した。
「えっと、、住所は?カーナビ入れるから」
「あっいや自分で入れるよ」
普段車に乗る事がないのか慣れない手付きでカーナビをゆっくり操作している。カーナビが"22:18着"と表示する。ちょうど1時間半、この時間が今の僕に残された時間だと示しているように思えた。
音もない車内でお互い何も喋らないまま数分。初めから音楽でも流してればよかったと後悔した。今から流すのは何だか態 とらしすぎて気が引ける。
外の風を取り込もうと窓のボタンに手をかけた瞬間、先に口を開いたのは彼だった。
「なんか怒ってる?」
手をハンドルに戻して前を見ながら答える。
「えっ別に。何で僕が尚翔に怒るの?」
「なんかずっと黙ってるし。送るって言ったのは何で?今日が最後だから?」
「最後って決めたのは尚翔でしょ!」
咎 めるような口調になってしまって、しまったと思いチラッと彼の方を見ると俯いて黙ってしまった。
「ごめん。でもね尚翔に電話でA'zoneと契約するって言われた時どれだけショックだったか。休む事も初めて知ったし」
「……何も言わず勝手に決めてごめん、、色々あって」
カーナビの表示が右だとガイドする。僕は逆らって左にハンドルを回した。彼がキョロキョロと辺りを見回して間違いに気付いた。
「ん?違うよ。ちょっと家こっちじゃない」
「わかってる。行きたい場所があるから付き合って」
ともだちにシェアしよう!