30 / 57

第30話 C-01 和磨×Nao ㉔

 道順を修正したカーナビがうるさく動くのを見て僕は電源を切った。次第にお店や家、街灯も消えて真っ暗な道をベッドライトだけで進んでいく。黙って助手席にいた尚翔もさすがに不安の顔を隠せない。  「和磨、、どこ行くの?」  「んー内緒!」  「でも真っ暗だし山道だしこの先何も無いよ!」  「もしかして尚翔暗がり怖いの?」  「いやっ、そうじゃないけど……」  「じゃ黙って着いてきて」  やっと車を止めのは山道を登り始めてしばらくしてから。到着したのは山の頂上だった。  「着いた」  「えっ、、ここ?」  僕らを出迎えてくれたようにリンリンと響く鈴虫の優しき音色は田舎を思い出させる。東京へ上京すると決めた時もこんな音色を聴いたっけ。 都会に疲れたら田舎を思い出すと楽になれる。だけどただそれだけに来たわけじゃない。  「こっち来て」  彼の腕を引いて茂った木々を抜けると一気に視界が広がって、思わず声を上げて強張(こわば)っていた彼の表情が一気に明るくなった。  「わっ、スゴい何これ!?」 二人が見上げた夜空には星屑と言うダイヤが散りばめられ輝きを放っていた。あまりに大量の星屑に手を伸ばせば掴めそうなくらい近くに感じる。  「これを見せたかったんだ。天文部だったって言ってし星好きでしょ」  「うん。凄いよ!こんなのなかなか見た事ない。ありがとう、、連れてきてくれて」  当然思いついたプランだけど彼は心から感動してくれた。彼の横顔があまりに綺麗でずっと見ていたいと思った。  「俺……この仕事始めたのは……」  「知ってるよ」  「えっ?知ってたの?」  「うん。大体の事は先輩から聞いた、、家族を守る為だったんでしょ?……」  綺麗な彼の瞳が潤んでいる様に見えた。18歳でこの世界を知って身体で家族を養っていたなんて僕には想像もつかないくらい苦しんで、それでも平気な顔でカメラの前に立っていたんだろう。  「だけど昨日さ、母親に言われたんだ。もう自分の人生を生きてって。妹も高校卒業するし、母親も働けるくらい身体も良くなったから。」 「それでA'zoneの話も蹴って休もうと?」  「うん。18歳から6年間それだけ考えて生きてきて、Naoって人格が俺の中で大きくなり過ぎて尚翔で居られる時間はほとんどなくて色々とリセットしたいと思ったんだ」  彼の言葉一つ一つに今までの人生の重みが詰まっていた。  「今日さ、一つやりたい事があるんだ」  「えっ何?……もしかしてやらしい事じゃないよね?」  「違うってば!!ちょっと待って」  鞄からゴソゴソと出した台本を裏面にしてマジックペンで書き始める。ライトなんて要らないくらいの月明かりの下で夢中にペンを走らせる。  「和磨、何してんの?」  「よし出来た。ちょっと下がってそこに立って」  彼は素直に従い少し下がってじっとしている。  「それでは卒業式を始めます」  「えっ?何それ?卒業、、式?」  「そう!」  「えー、卒業証書。Nao改め尚翔は本日をもって高校、そしてAV男優を卒業した事を称する」  「あっ、、いや辞めるわけじゃ、、」  「いいから、今はそうゆう事にしておいて!」  紙に書いた文章はここまでだった。彼はじっとこちらを見て僕の言葉を待っているようだった。不意に溢れた滴がマジックのインクを滲ませて、泣いている事に気付いた。  「十月十七日……岩咲和磨より、、大好きな尚翔へ」  突然声が震えて涙が止まらなくなる。この卒業式は自分の為ものでもあった。7日間が過ぎて和磨が僕を好きでいるのもあと数分だろう。 最後に別れとお礼を、、そして"ごめん"と伝えたかったんだ。  「卒業おめでとう」 ぐしゃぐしゃの泣き顔を見られたくなくて下を向いたまま手書きの卒業証書を差し出した。じりじりと彼が寄ってくる気配を感じた瞬間、目の前が暗くなって気付くと彼の腕に包まれていた。  「和磨、、ありがとう」 そして柔らかい唇の感触と温もりが僕の心を落ち着かせ涙を止めた。これが彼との何度目のキスで 最後のキスなるのかなんて考えるのはもう辞めた。  時間は待ってくれない。  愛しい人といられる喜びを忘れない為に一分一秒休まず"愛してる"と伝えよう。 終わりが来る時までずっとずっと――  少し離れた場所から二人を見守る車が一台隠れるように止まっている。世界に入り込んだ二人には当然気付くはずもない。    「あ"ーあ''ーあ''ーあ''ーー!」  『爽うるさい、静かにしろ』  「だってあの二人!!」  車内には紘巳、典登そして大声で騒いでいる爽が"報酬"を頂きにやってきた。 この7日間二人がどう過ごし想いを通わせて身体に刻み込めたか。紘巳はこの最後の瞬間を見届ければ全てわかる。  『とりあえず成功だったようだな』  「山の中入って行った時はどうなるかと思ったよね。けど紘巳の言う通りゲストはこの7日間で随分成長したね、店に来た時と顔が全然違う」  「そうすっか?俺には同じに見え……って!いつまでキスしてるんっすかね!!」  『何だ爽、羨ましいか?』  「ちょっ、、違いますよ!こんな公共の場で良くないって事っすよ!」    後部座席に口を尖らて座る爽を助手席から振り返り笑う典登。それを見る紘巳の目も愛する人を見つめる瞳をしていた。  『さっ、お邪魔虫は退散するか』  「そうだね。このまま見てると爽が嫉妬お化けになっちゃうしね〜」  『明日からハロウィンボトル発売だしな!忙しくなりそうだ』  「俺、気合い入れて売りますから!」  『その言葉が一番信用ならん』  その日の深夜オリオン座流星群が極大を迎えたが誰も気付く事なく眠りについた。  翌朝、目が覚めると社用車の後部座席を倒しジャケットを布団代わり眠っていた。隣には寝息をたてている彼がいて驚いて車の外に出た。 状況がわからずスマホを探して先輩に電話をかけた。社用車を使用してる時点で先輩なら何かしら知ってるはずと思ったからだ。  「えっ?覚えてない?」  「はい、気付いたら山の上にいてNaoくんが寝ていて訳わかんなくて」  先輩が昨日の話を事細かく教えてくれた。そして今この状況にいる事は把握出来たけど何一つ覚えていない。 車に戻ると彼が目を覚ましていて、同じく今のこの状況が把握できない様子で周りを見渡していた。  「……あっ、おはよう、、」  「えっと何で君とここにいるの?」  「うーんと、、何だか昨日仕事終って僕がNaoくんを家まで送って行ったらしい……けどもしかして道に迷ったのかな?それでここにいるのかも……?」    とりあえず推測だけどそうとしか考えられなくて答えた。彼はうんうんと頷いてそれ以上は聞いて来なかった。  「そうなんだ。なんかごめん、だとしたら迷惑かけたね」  「ううん、迷惑なんて!……それとNaoくんはしばらく仕事休むって公言したって」  「俺がそんな事を?」  「うん……あっ!とりあえずここがどこか調べなきゃ。それから家まで送って行くよ!」  エンジンをつけカーナビを起動させて現在地を確認する。彼の視線が注がれて目がバチっと合った。  「ん?……何?」  「記憶がなくて現状がイマイチわからないけど今ここにいるのが何だかとても落ち着くのは何でだろう」  「……僕も何だか夢から覚めた様な感覚でふわふわしてるんだ」  「もしかして同じ夢を見てたのかな?」  「そうだ。良ければうちに寄って行かない?親もいるけどご飯くらいおもてなしするよ」  「あっうん、、Naoくんがよければ……そうしようかな」  「じゃ決まりね。母親も友達を連れて行ったら喜ぶと思う!」  それから僕達は山を下って彼の家へと向かった。車が立ち去った後、卒業証書とキラリと光る指輪が残されて。きっと誰にも気付かれないまま記憶と共に消えていくのだろう―― ◆◇◆◇◆  あれから一年――  僕には後輩が出来て下っ端を脱出した。 だけどもう会社にはいない。僕は退職を念願だったバラエティー番組を作っている。と言えば聞こえはいいがまた下っ端ADに逆戻りだ。 生で観るマッチングボーイズは本当に面白い。  先輩はプロデューサーに昇格し、より一層売れるAVを作ると張り切っている。新人ADを岩咲Jr.と呼んで指導しているらしい。  そして彼は言うと――  「おはよっ!和磨」  「おはよう。尚翔」  数ヶ月前から一緒に暮らし始めた。僕が今のテレビ局に働きだしてそのタイミングで彼も実家を出て新しい部屋を見つけルームシェアを始めた。  関係は?と聞かれると友達以上恋人未満と答えるべきだろうか。僕にはそれくらいが性に合っている。  マンションの近くに公園がある。いつも通る道に咲く金木犀の香りが何故かやけに気になって毎度足止めをくらって何か思いだそうと脳が働く。  きっと何十年経ってもこの香りがする度思うだろう。香りが持つ特別な魔法。  だけどそれは永遠に知らなくてもいい。

ともだちにシェアしよう!