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第31話 C-02 西名×琉加 ①
三日振りに帰宅したマンションの郵便受けには手紙やチラシが詰まっていた。エレベーターのボタンを押して、階数ランプが降りて来る間に全ての差出人を確認する。一枚のハガキが目に留まって裏返した。
「東第二中学校……同窓会か」
小学生の頃から勉強は出来た。人付き合いもそこそこ上手く立ち回れて友達も多かったし、先生からも好かれた少年時代。
卒業文集で書かされるテーマは何故決まって"将来の夢"なんだろう。夢なんて事考えた事はない。僕の進む道は産まれた時すでに決定していた。
悩む必要なんてない、良くも悪くも楽なもんだ。
文集にはどう書いたんだっけかな――
ここ一ヶ月は泊まりの学会や多店舗の視察などで家に帰らない事もしばしば。手紙をテーブルに置いて、部屋の観葉植物に水をやるとスゴい早さで吸収した。
シャワーを浴びてベッドに横になるとすぐ深い眠りに落ちた。
そして朝はやってくる。散らかったソファーの上に洗った洗濯物が山積みになっている。そこからシャツを一枚チョイスして何も食べずに家を出た。そうゆう訳でクローゼットとキッチンだけはいつも綺麗な状態だ。
◆◇◆◇◆
「院長。大槻 さんいらっしゃいました」
「入ってもらって。すぐ行きます」
真っ白な清潔感漂う医院の待ち合い室には患者が椅子を埋めていた。すれ違う患者に軽いおじきをしながら数ある診察室の一室に入る。
「琉加 くん、お待たせ」
「西名 先生!あぁよかった先生で」
「よかったって流加くんは僕が担当なんだか当たり前でしょ」
「だけど先週は違う先生でしたよ。西名先生は忙しいからとうとう担当が違う先生に変わったと思いました」
「あぁ、ごめんね。先週は地方に行っててね。それじゃ経過見るからマスク外して」
ゆっくりマスク外した彼に寄って顔を近づける。二週間前に鼻を高くするシリコンプロテーゼ挿入の施術を行い、その後の抜糸。そして今日は経過の確認で来院。
「何か違和感はない?痛みとかは?」
「特には何も」
「最初に言った通りプロテーゼが定着するまでにまだ少し時間がかかるから、気なるだろうけどなるべく鼻には触れないで生活してね」
「はい。あぁやっぱり西名先生がいいな」
「何それ?」
「だってこの間の先生ちょっと怖かったから。あっ、、言わないで下さいね!」
「ふふっ。わかってるよ」
西名美容外科クリニック。国内に32院を構え知名度、患者数共に断トツトップの大手美容クリニックだ。一年半前に新しく出来たこの医院で院長に就任した。創業者は祖父。祖父が亡くなった後、父が社長に就任し院数を増やしていった。いわゆる同族経営だ。
「琉加くん、ちゃんと学校は行ってる?」
電子カルテに入力しながら含み笑いを浮かべて聞いてみる。
「行ってますよ!やだなぁ、母親みたいな事言って。サボったりしませんよ」
「もうすぐ教育実習だって行ってたけど?」
「はい。あと二週間で始まります。あっ、それまでにダウンタイム終わりますよね?」
「そうだね。二週間あれば大丈夫」
彼は大学で教育学部3年生、教員を目指している。学校での話や家庭の話、趣味や嫌いな食べ物の話まで一見関係のない話かもしれない。だけど患者がどのような生活をして何に喜びを感じ何に不安を抱くのか僕には大事な時間だ。
そして顔の変化に心も追いついてきているか。
「それじゃこの顔で実習受けられるんですね」
「うん。実習は頑張れそう?」
「はい!」
彼は嬉しそうに笑みを浮かべ顔の角度を変えながら鏡を見ている。コンプレックスから脱した患者の顔はクリニックへ初めて訪れた日と別人のようだ。それは造形の変化だけではなく内面の変化が方が最も大きい。
「それじゃ最後の診察の日予約して帰ってね」
「はい。あっ、、先生」
「ん?」
「……あっ何でもないです!」
彼はマスクを外したまま診察室を出た。10代20代の若い男の子の患者も今や珍しくもない。彼の様に社会に出る前に顔を変えたいと、在学中に来院する患者の施術はいくつも行った。
なのに何故だか彼を見ていると心がざわついて何かと気にかけてしまう。その理由は何となく察しはついているんだ。
「院長、次の患者さんお呼びしていいですか?」
「あっうん。お願いします」
院長として一つの大きなクリニックを束ねる立場になった今、一人の患者だけに肩入れしている場合じゃない。白衣の襟を直して電子カルテを次の患者に写し替えた。
「院長お疲れでした」
「お疲れさま!みんなも早く帰ってね」
多忙な一日が終わり看護師達に挨拶し医院を出る。駐車場からプップッと2回クラクションが鳴った。音する方を見ると見慣れた派手な高級車。無視して自分の車に乗り込もうとすると派手な高級車の運転席のドアが開いて、降りてきたスーツ姿の男が向かってくる。
「、、、兄貴」
「無視するな」
「何だよ。こんな場所まで来て」
「電話出ろよな。出ないからいちいちくるハメになっただろ」
「何か用か?」
「いいから付き合えよ。話したい事もたくさんある」
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