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第31話 C-02 西名×琉加 ②
結局言われるがまま居心地悪い兄の助手席に乗り、連れて行かれたのは見るからに高そうな高級フレンチレストラン。
「いらっしゃいませ、西名様」
「お久しぶりです」
慣れたお店なのか出迎えたウェイターと親しく挨拶して奥の個室に通された。VIP客専用と言わんばかりに隔離されたプライベート空間。
「今日はいかがいたしましょうか?」
「赤ワインを」
「かしこまりました」
メニューも見ないで小慣れたように即答する兄。目が合うとニコッとしたウェイターは僕の言葉を待っているようだ。
「あー…僕は結構です。すぐ出ますんで」
「おい、来ておいて失礼だろ。すいません、同じものを二つお願いします。料理もいつものお任せで」
メニューを下げて部屋を出て行くウェイター。二人にきりになった個室で目を逸らして大きな窓一面から見える夜景を見ていた。
「フレンチじゃ不満だったか?」
「そうゆう問題じゃない」
「お前とこうやって食事するのは何年ぶりかな?」
「さぁ。覚えてないね」
ワインがテーブルに置かれ高価な照明のせいかキラキラと宝石のように輝いている。こんなお店には滅多に来ることはない。嫌いな兄とでなければ最高のディナーになるだろうけど、切っても切り離せないのが血の繋がりだ。
「とりあえず乾杯でもするか?」
グラスを前に差し出す兄の目をじっと見ながら
僕はグラスを手に取りグイッと喉を潤した。
そんな僕を"ふっ"と鼻で笑った兄もゆっくり味わうように飲んだ。
「赤坂はどうだ?」
「そんなに気になるなら駐車場にいないで入ってくれば?あー、銀座のドクターもいるから入りづらいか」
三つ年上の実兄・西名櫂 。
西名美容外科クリニック最大規模、銀座院の院長でもあり関東エリアの総括。
美容外科医としてはもちろん経営手腕にも申し分ない完璧な兄だ。それゆえ比べられる兄弟の性 。
「まぁそう突っかかるな。せっかくの料理が不味くなる。それに俺は去る者は追わない」
意地悪を言ったつもりが冷静に返されてしまった。兄は赤坂が開院し僕が院長として就任した時も"よかったな"と笑顔を漏らしていた。だけど心の奥ではそうではなかったはず。
開院の際、数名のドクターが赤坂への移動を申し出たからだ。移動の理由こそ曖昧だが、兄からすれば弟を選んだドクターとして気持ちのいいものではなかっただろう。そのせいで、お互いの医院を行き来することは今でもほとんどない。
「どうって別に兄貴が心配するような事は特にないけど」
「お前は腕はいいが経営の観点からすれば全くの素人。それでも親父が赤阪をお前に託した意味はわかるな?」
「何?今日は説教で呼び出されたわけ?」
「先輩として経営アドバイスをな」
美容整形の技術は常に向上し続けていて、偏見なんてもはや昔の話。価格競争は激しさを増し、
美容整形医院は増え続け、まさにこの業界は鎬 を削っている。
料理が運ばれてくる。ウェイターが言う料理の説明がちっとも頭に入らない。
ただ黙ってナイフとフォークで食していく。
「お前が俺や親父のやり方に不満があるのは知っているが、西名の看板を背負ってる以上あまり好き勝手されては困る」
「へぇ。つまり杭を刺しに来たって訳ね」
「兄弟仲良く病院ために力を合わせようって事だよ。じいさんが作った小さな病院がここまで大きくなった。俺達が守って行くべきだろ」
大好きだった祖父。僕が大学医学部に在籍中に亡くなった。医師免許を取得し白衣を着て祖父の下で働く事は叶わなかったが、祖父ならどうするかとそれだけ考え院長と言う慣れない重圧を一年半こなしてきた。
「……そうだけど」
僕が人を束ねる器じゃないのも経営の技量が足らないのもわかってる。なんだかんだで兄や親父のサポートがあって今の僕がある。上から物言える立場じゃないんだ。
「じゃ、病院の今後の発展を祈って改めて乾杯するか」
兄が空になったグラスにワインを注いて差し出してきた。グラスに映る自分の顔は疲れ切った顔をしていて酷いもので見ていたくなかった。
「それじゃ乾杯!」
食事を終えてタクシーで自宅へ帰る。久しぶりに飲んだお酒で少し酔いもあったせいか、誰もいない真っ暗な部屋に物寂しさ感じた。
コートを脱いで椅子に力なく座る。目の前のテーブルに昨日の郵便物がそのままの状態で置かれていて、ふと同窓会のハガキが目に入る。
「行ってもいいかな、、たまには」
何となく人恋しくなる冬が訪れて日々の仕事からも少し離れたいと"出席"に印をつけた。
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