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第32話 C-02 西名×琉加 ③
「えー!すぐ直らないんっすか?」
「うん。今電話してみたけど直しに来れるのが来週になるって」
「じゃあと何日もこのままっすか?」
気温も低くなり始めた11月中旬。お店のエアコンが突然ストップした。台に登り内部を覗き込んで直せるか試している紘巳。
『あーやっぱりだめだな。来てもらうしか』
「えー!俺寒いの苦手なんっすよー」
そう言って爽は隣の典登の腕にピタッとくっ付いてて大袈裟に体を震わせて、台の上の紘巳にアピールする。
『爽!オイルの理想の管理温度は?』
「えーっと。5度から……10度」
『ほらな、丁度いい』
「いやっ!そうゆう問題じゃないっすよ」
『明日の営業までにはなんとか対策するが、今日はこのままで行くしかない。、、いつまでくっ付いてんだ、離れろ」
爽の身体を引っ張って典登から離した。
『典登はこれ着てろよ、寒いから』
紘巳は私服のグレーのカーディガンを典登の肩にかけてあげると"ありがと"と言いながら微笑み合う。そんな二人を爽はじっと羨望 の目で見ていた。
「ってか最近二人とも人前で堂々とイチャつき過ぎじゃないっすか。あー何か急に暑くなってきたなー!」
「ねぇ爽も相手見つけたら?しばらく好きな人もいないんでしょ?」
カーディガンに袖を通しながら典登が言った。
「んーそうなんっすけど、、」
『一年前にここにゲストとして訪れた時の事覚えてるか?あの時はなんとか好きな相手を振り向かせたいって必死だったよな』
一年前"26番ルーム"を知ってここに訪れた爽はオイルの体験者でもある。しかし7日間過ぎても記憶は残っていて再びこの店を訪れた。
そんな事は過去一度もなく、それを機に26番ルームはクローズされた。
「まぁ結局そのまま何事もなく終わったんすけどね」
『恋とは突然やってくるものだからな』
「あれ?紘巳がそんな詩人みたいな声言うの珍しいね」
「確かに、そうっすね」
『そうか?俺はロマンチストだけど二人とも知らなかったか?』
冬は誰かに寄り添いたくなる。そんな季節にまた一組の7日間が始まろうとしている――
◆◇◆◇◆
「おはようございます。では本日の1日スケジュールを確認します。11時からオペが2件……」
いつもと変わらぬクリニックの朝礼風景。赤阪院も一年半で患者数も増え、毎日オペやカウセリングで予約もぎっしり。兄の心配なんて他所 に順調に売上も上がっている。
「それと中山さんから皆さんにお伝えしたい事があります」
「はい。すいません、私事なんですが来月いっぱいで産休に入る事になりました。安定期とは言え体調面などで迷惑かける事もあるかもしれませんがよろしくお願いします」
拍手を浴びるベテラン看護師の彼女。他院からこの赤阪に移って、開院から共に切磋琢磨した看護師の一人だ。ここにいるドクターや看護師はみんな仲が良く協力し助け合いながら、きちんとやるべき仕事を一生懸命こなしている。僕は医院の雰囲気がとても好きで理想とも言える。
「それじゃ今日も一日よろしくお願いします」
ネットを調べるとクリニックの書き込みは山の様に出てくる。患者がクリニックを選ぶ際、決め手になるのはやはり口コミ評価。有難い事にこの院は評判はいいようだ。兄には散々言われたが悪評ばかりの銀座院には言われたくない。
朝イチのオペを終え、流し込むようにお昼ご飯を食べると午後の診察が始まる。
「どうぞ」
「先生こんにちはっ」
「瑠加くん、こんにちは。何その大荷物?」
「あっこれから授業なんですけど、教育実習の準備もあるから色々と」
「そっか忙しいんだね。じゃなるべく早く終わらせるね」
「いやっ!西名先生と話すの楽しいし、ここにいると落ち着くからいいんです」
「あーそれならいいけど。えっと、今日が最後の診察だったよね。今日は最後の写真も撮るからね」
「はい」
そして診察をしてから写真撮りまで全て終えた。いつもはここで患者の最高の笑顔に出会ってドクターとしてのやり甲斐や達成感を得る。
「あとは何かあれば連絡して。ひとまずこれで終わり。お疲れさま」
「先生、、ちょっと相談があるんです」
「うん。何かな?」
突然彼の顔つきが変わって見た瞬間、胸がドクン高鳴った。ここに初めて訪れた日と同じ顔をしていたから。そして忘れもしない高校のあの時の記憶も同時に思い出す。
「一旦ひとつの手術が終わったので、、次の箇所の相談したいんです……」
「、、瑠加くん。前にも言ったけど……」
「わかってます!でもこのままじゃまだ理想の自分になれてないんです!」
「わかった、、じゃ改めてカウセリング設けるからその時話しあうで大丈夫?」
「はい……お願いします」
彼は重そうな鞄を持ってお辞儀をし診察室出た。彼の数枚の写真を並べてみる。確かに造形は変わったけれど本質的な部分は変わっていない。
美容外科医の根源は外見を変える事か心を変える事なのか。そしてその狭間で葛藤する患者に寄り添ううちに、それ以上の感情が生まれたのは初めての事だった――
誰もいない夜中クリニックの一室に電気がついてカタカタとキーボードを押す音が響いている。
「んー終わった。もうこんな時間か……」
パソコンの電源をオフにして部屋を出た。
そして時刻は深夜2時6分。パソコンに一件のメッセージが届いた。
"Ren Nishina.
Sunday, November 15
from Desperado"
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