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第35話 C-02 西名×琉加 ⑥
『お待ちしてました』
26番ルーム再開して二人目のゲストだ。辺りを見回して至 って普通のオイルショップだと特に不審がる様子もなく入ってきたゲスト。
「あっ、鞄とコートお預かりします。決まりなのですいません」
いない典登の役目を果たそうと率先して動いてく爽。ゲストの頭から爪先まで眺めると"こちらへ"と奥の部屋に案内し紘巳の後に続く。
少し緊張がちなゲストを挟んで一列に並んで部屋に続く廊下を歩く。"26"のゴールドのプレートを見ながら鍵を差し込む。そして古い重い扉をゆっくりと引いて再び開かれた部屋。
『26番ルームへようこそ。今からあなたはゲストとなりました』
部屋の中は売り場と違い異様な空気があってゲストからもさすがに緊張感を感る。もちろんまだ不慣れな爽も思わず息を飲む。
以前と違っていたのは古い時計の針の位置。オイルが使われてる度動き出し、効果が消えると針も止まる。
ゲストがオイルを解禁して7日間をカウントする大事な役割だ。少し秒針が動いた気がしたのは、またここから再び動き出す前触れか――
『名前と年齢と職業を伺わせて下さい』
「西名廉。31歳、美容外科医をやってます」
「西名……美容外科?あっ、聞いた事ある!いっぱいCMやってるあの病院っすか?」
「あー…はい。父親が派手な広告をたくさん出すので変に知られちゃってるんですよね」
『じゃお父様が社長を?』
「そうですが父は現場からは退 いてます。兄と僕がそれぞれ院長しながら現場に出て施術してる感じです」
「へぇ〜31歳で院長なんてすごいっすね」
「やっと父親と兄から離れられました。二人とは経営方針が合わず喧嘩ばかりで」
『なるほど。あなたのことは大体わかりました。それで今回の相手は?』
「鞄にカルテがあります。それを見てもらえれば、、」
典登が爽に目配せをすると"中身失礼します"とゲストの鞄を開け探す。パソコンから事前に印刷したカルテを用意していた。
「これですか?」
「はい、それです。通常客は情報を外部の持ち出すのは厳禁ですが何とか持ってきました」
『ありがとうございます。拝見します』
受け取ったカルテ三枚をゆっくり目を通していく紘巳。個人情報から施術の詳しい内容まで専門用語で埋め尽くされている。
『相手はいわゆる患者って事ですよね。大槻琉加……22歳で大学生』
「年下の患者さんを好きになったんっすね」
"好き"の言葉に床に視線を落とし辿々 しく答える。
「あー…実は今回ここに来たのは、、彼に手術を辞めさせたくて来たんです」
『……と言うと?』
「そのカルテを見てもらうとわかるんですが」
カルテを捲って施術歴を見る。"二重埋没法 "" 隆鼻術 鼻プロテーゼ"見慣れない文字がならんで後ろから覗いていた爽も眉間に皺を寄せて頭を掻いた。
「んー…日付を見ると一つは一年くらい前で、もう一つは最近っすか?」
『つまりこの二つ以外の手術をまたやりたいと?』
「彼は次の手術を望んでいます。短いスパンで整形を繰り返すのはいわゆる整形依存に陥っている場合が多くて、、彼にもそんな気 を感じてます」
カルテを閉じてすっと机に置いた。身体を前に出してじっとゲストを見つめる紘巳。
「こんな理由じゃ、、ダメですか?」
『大事なのは彼の事をただの患者として見ているかそれともそれ以上の何かの気持ちがあるかです』
「それは……自分でもよくわかりません。医者として患者の要望に応えるのが適切なんでしょうけど、、」
『けど今までもそんな患者はたくさん見てきたのでは?』
「はい……だから自分でもこんな気持ちになるなんて初めてで」
"ゲストの目に偽りはない"そう判断した紘巳は身体の位置を戻すと手を組んだ。
『大丈夫ですよ。引き受けましょう』
「ホントですか?ありがとうございます」
『爽、あれを渡して』
爽は引き出しから一枚の紙を出してゲストの前にペンと一緒に置いた。
「規約書です。読んでサインをお願いします」
「はい、、わかりました」
規約はたったの三つ。煩 わしい決まりはない。すらすらと読み進めサインをしていくゲスト。
「出来ました」
『ありがとうございます。ではこのまま少しお待ち下さい。その間何か質問あれば彼がお応えしますよ』
「えっ!?俺っすか?」
ソファーから立ち上がり爽の方に手を置いて後ろの小部屋に入って行った紘巳。ゲストと二人きりになった爽は頭を掻きながら話す台詞を探している。
「……あっ、何か聞きたい事あります?規約の事でもそれ以外でも何でもいいっすけど」
「んー逆にありすぎて何を聞けばいいか、、」
「、、じゃ代わりに俺が聞いてもいいっすか?」
「はい」
後ろを振り返って紘巳がいないのを確認するとソファーにバスっと勢いよく座って身体をゲストに寄せて小さな声で行った。
「整形っていくらくらいするんっすか?」
「はい!!?」
「俺、昔から豚鼻って言われてて鼻も低いしいくらあれば紘巳さんみたいなスッとした鼻に慣れるのかなーって!」
典登を意識して品よく知的に振る舞っていたのも限界がきた爽はいつもの調子で喋り出した。緊張感が解けた様に笑顔になるゲスト。
「んーっとそれだと――」
そして10分後オイルを持って戻ってきた紘巳は使用方法と注意点を説明をしGPS機能の指輪を渡す。そしていつもの言葉で締めくくった。
『話は以上です。報酬は最終日取りに行きます。それではゲストのお幸せとご健闘をお祈りします。それではよい7日間を』
鞄とコートを受け取って来た廊下を戻り出口の前で立ち止まるゲストが振り返る。
「ありがとうございました。頑張ってみます。あっ!それと特別価格にしますんでいつでもご相談のりますよ」
「あー!いや…っその」
「では失礼します」
爽にニコリと笑いかけて紘巳にお辞儀をした。ドアが開くと冷たい風が吹き込んできて髪を揺らしながらゲストは出て行った。
『……爽、ゲストと一体何を喋ってたんだ?特別価格にするとかどうとか」
「あー!いや!何でも無いっす!さぁ閉店作業しましょー」
『、、何なんだ?』
停車していた車に乗り込みオイルが入った鞄をゆっくり丁寧に助手席に置いた。
ベッドライトをつけてエンジンをかけると窓を開けて振り返りもう一度お店を見た。
美容外科医は見える幸せを作るが、この店は見えない幸せを作る不思議な店だと――
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