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第37話 C-02 西名×琉加 ⑧

 並木道を車でゆっくり進むと見えて来たのは大学。校庭にいる学生達が食べながら楽しそうに笑ったり、男女並んで教科書を広げていた。よくある大学生の光景に何故かワクワクした。  キャンパスライフは大人でもない子どもない絶妙な時期にやって来て未来を左右する。勉強もサークルも恋愛もこの先の未来にきっと関わってくる大切な時間だ。  だけど僕は違った。国内屈指の医大で当然のごとく医師になる事だけを考えてひたすら勉強する毎日。授業が終わると帰宅し勉強、休みの日もクリニックへ連れて行かされ視察したり父親と同じ歳くらいの医師達との食事会に参加させられていた。  実力で入学してもコネだ裏口だの言われ冷ややかな目で見られていた。思った以上に"西名"の名前が広がっていて、キラキラした大学時代とは程遠いもの。だから目の前のこの学生達が自由に見えて羨ましく思えた。  そんなことを窓越しに遠い目をしながら考えていたら何分経っただろう。  「先生!」  ドンドンと助手席側の窓を叩く音でハッとした。スモークガラス越しに彼がいて窓を開けると覗き込んだ彼と目が合う。    「先生こんにちは。すいませんわざわざ」  「全然いいよ。さっ、寒いから入って」  「どこに行くんですか?」  「海は好きかな?」  「はい。まぁ好きですけど……手術のカウセリングじゃないんですか?」  「海岸沿いに別荘があるからよければそこでと思ってるんだけどどうかな?」  「えっ、別荘?」  「少し車走らせるけどいいかな?」  コクンと頷いた彼は膝に置いたリュックを抱き抱えて、僕に身を任せたと言わんばかりに少し笑った。助手席の彼はピンと背筋を伸ばしていつもより口数が少なく少し緊張しているようだったが、僕だってそうだ。  あのオイルの事を考えると気が気ではない。  「あっ、海!先生、海ですよ」  車を走らせて一時間半。目の前フロントガラスいっぱいに広がる海。夕日がかった海はオレンジとブルーとコントラストがキラキラ眩しくて、彼はしばらく口を少しあけまま見入っている。  そんな彼を見ながら海岸線沿いに車を走らせると、閉め切っていた窓を開け顔を出して目を閉じ鼻を吸った。    「琉加くん何してんの?」  「潮の香りするかなって」  車内に流れる洋楽のバラードの音楽に合わせる様に窓からの風に髪が緩やかに靡いて、気持ちよさそうな彼の横顔がとても綺麗で自然にスピードを落としていた。  彼の顔は何度も触れて形を変えてきた。だけど触れた事ない彼の心の奥底に触れたいとこの瞬間に感じた。  それはきっと人を好きになると言う事――  「着いたよ。ここ」  「えっ?ここ、、ですか?」  国内指折りの高級別荘地の中心に建てられた白を基調とした洋風な家は周りの家と比べても遥かに大きく、明らかに成功者のみが足を踏み込むことを許された空間。  彼は辺りを見回しながら恐る恐る後ろをついてくる。セキュリティー万全のドアを二つくぐってやっと玄関に辿り着く。  「、、、ここにはよく来るんですか?」  「夏は兄貴の家族が夏に泊まりに来たり、親父とお袋が休暇で使うけど冬はほとんど誰も使わないかな」  「こんな立派な家あるのに勿体ないですね」  「この近くにもうちのクリニックあるからそこに視察に来る時に一人で泊まったりするけど、確かに勿体ないね」  「こんなに広いと独りじゃ逆に寂しいですね」  部屋数は小さいのも含めて10部屋はある。子供の頃は両親と兄貴そして大好きだった祖父としょっちゅう来ていた。 確かに楽しい思い出は詰まっているが、それだけに静まり返った部屋は寂しかった。  「だけど今日は寂しくないよ。琉加くんがいるからね」  「……でも何で病院じゃなくここに連れて来てくれたんですか?」  「あー…しばらく予約が埋まっててカウセリングルーム取れそうになくて。だから外でと思って」  嘘をついた。本当は一緒にいるのを誰かに見られたらまずいと懸念してここまで来た。都内には家族やクリニック関係者、患者が何処で見てるか分からないから。  「適当にその辺り座ってて」  「はい」  吹き抜けのリビングには大理石のテーブルや海外からオーダーした特注の大きなソファー。彼は隣の部屋を覗いたり、一つ一つに驚きながらソファーにちょこんと座った。 彼と上着と自分のコートを並べて掛けると冷たかった室内もすぐに暖かくなった。  「あっ、上着ありがとうございます」  「それじゃ夜遅くなる前にカウセリング始めようか」  「はい……よろしくお願いします」  

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