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第38話 C-02 西名×琉加 ⑨

 「とりあえず前回の施術の経過だけどもう全く大丈夫そうだね」    彼の鼻を優しく撫でるように触れた。近い距離には慣れてるはずなのに胸がドクドクと脈打つ。 いつもの診察室の無機質な場所とは違うからなのか、二人きりの広いこの空間は静かで変な緊張感を更に増していく。  「……先生?」  「あっ、、えっと。次に琉加くんが希望してる手術が…」  「顎です」  「うーん、、下顎の骨を切ったり削ったりすることになるから今までで一番大変だよ」  「はい。分かってます、、」  「それに金額だって今までより高額だよ。100万は超えるけど」  彼はこれまでの二度の手術で約50万。親には内緒で受けてきた為もちろん金銭的な援助はないはず。医師としては患者の要望に答えるべきで、金銭問題にクビを突っ込むのは違うけれど次の100万以上のお金をどう捻出(ねんしゅつ)するかとても気になった。  「医療ローンとか……何とか払うので大丈夫です!」  「医療ローンも審査があるしもしダメだったら?……手術を断るわけじゃないけどもう少し考えてみても、、さ」  「ダメです!今やらなきゃ、、ダメなんです」  彼の大学卒業まであと5ヶ月。彼は春に教員になる予定だ。それか彼にとってのタイムリミットできっと今何を言っても彼の決意は変わらないだろう。  「わかったよ。あー…ちょっとトイレ行ってくるから待っててくれる?」  「……はい」  僕は側に置いていた鞄を持ってトイレの方へ行くふりをした。そして窓が締め切っている事を確認する。部屋を出て鞄からゆっくり袋を取り出した。緊張のせいか手汗でじっとりした手をサッとシャツで拭いてゆっくり中からあの瓶を取り出す。  黒い瓶に触れるとひんやり冷たくて早く開けてと急かしている様だった。廊下越しに彼を見るとスマホを耳に当てて電話している姿が見え、そして僕はそのまま彼を見ながら蓋を開けた。  開けた瞬間湧き上がる香りは廊下から隣の彼の方まで届く程広がっていく。だけど彼に変化はなくそのまま話し続けていた。僕は一旦その場に瓶を置いて離れキッチンへ向かった。  「うん、だから友達の家で勉強してるから遅くなるけど心配しないで。それじゃ」  電話を切ったタイミングで彼の元へ。見た感じさっきと変化は見られないが効果は出ているのだろうか。探るようにゆっくり近づく。  「お待たせ。冷蔵庫大したもの入ってなかったけどジュースがあったからついでに持ってきたよ」  「ありがとうございます」  「電話、、もしかしてご両親かな?」  「はい」  「友達の家で勉強?ふふっ。嘘は良くないよ」  「だって先生の別荘でカウセリング受けてるなんて口が裂けても言えません!」  「まぁそれもそうか」  彼が僕を好きになればきっと手術を考え直してくれるはず。自分を好きになってくれる人なんていないと容姿に自信のない人は口を揃えて言う。  だからオイルを使って一週間の偽の恋人同士になる。そうすれば愛し愛される自分に自信がついて顔のコンプレックスを払拭(ふっしょく)出来ると思った。  上手くいくかはわからないがこれしかもう彼を止める手はないと(すが)ような思いで手に入れた――  「それでもし手術をするとしていつくらいがいいのかな?」  「なるべく早くだと……」  「だけどすぐ教育実習があるでしょ?今回の手術だと数日の入院も必要になるからね」  「それなら実習終わったらすぐ受けられますか?」    僕を見つめる目はまだ自信のない患者の目をしている。彼の深い心の底にたどり着くまではもう少し時間がかかりそうだ。  「、、、そうだね。予定調整してみるよ」  「ありがとうございます」  窓にポツポツと雨が当たる音が聞こえ始めた。大きな窓を開けると目の前に広がる海に雨が落ち風が波打っている。次第に激しさを増して入り込む雨に窓を閉めた。  「あー…急に降り出したね。まぁご飯でも食べて小降りになったら帰ろうか」    彼は雨の音を聞いているのか下を向いたまま返事はない。  「琉加くん?、、あっ!もしかしてお腹空いた?食べ物何かあると思うから探してくるよ」    「違うんです!あの…今日……このままここに泊まっちゃダメですか?」  「えっ?ここに!?」  「はい、、、朝まで一緒にいて下さい」

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