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第4話

 どうやって家に帰りついたかも覚えていないような状態で、それでも透は必要な連絡をなんとか済ませた。  とりあえずメンバーにはメールで事情を説明し、聖にはスタジオの場所と集合時間を送っておく。  聖を連れて行けないお詫びに、とエイジが機材搬入を買って出てくれたので、その手配もこなし、透はほっと息をついた。  音源を貰っておけば良かったな、とすこし後悔したが、そんなものなくても頭の中には衝撃的だったあの音が残っている。    他人の音を聴いてショックを受けたのは、これが二回目だな。  透はノートパソコンを起ち上げると、フォルダからひとつのデータを見つけ出して再生した。これを観るのは久し振りだ。  それは、ほんの数分の動画だった。  テレビの画面を直接撮影したらしく、画質は荒いなんてものじゃない。その代わりなぜか音質は良かった。  ナレーションなどは何もなく、いきなり中継らしき場面が映る。  ちいさな画面の中では、小学生くらいの年齢層で構成された合唱団が歌っていた。  独唱が始まった瞬間、透は息をのむ。今までに何度も見ているはずなのに、だ。  初めてこの動画を観た時、透はこの世にこんな素晴らしい音が存在するのか、と思った。  当時はまだ幼かったのでそこまでの考えには至っていなかったはずだが、ともかくものすごい衝撃だったことは確かだ。  ソリストの人物は、周囲に較べてひとまわり小さい。それでも存在感は抜群だった。  さらさらの黒髪に、白い肌。長めの前髪からのぞく、くりくりと大きな瞳。赤いくちびるから発せられる旋律は、まさに天使の歌声である。  あれ、なんかこの子、藤原くんに似てないか……?    確かにこのまま大きくなったなら、あんな感じに成長していてもおかしくない気がする。  しかし、それはあまりにも出来すぎた偶然だろう。人生で二度だけ受けた衝撃の相手が、同一人物だなんて。  なにしろ肝心の画像がぼんやりとしすぎていて、歌っている人物の性別すら不明だった。音程からするとボーイソプラノだと思われたが、自信はない。  そもそもこの動画を手に入れた場所は、偶然見かけた個人のブログだった。ローカルニュースで放送されたものが元になっているらしいことはわかったが、その他の情報は一切なかった。  すかさず親に保存してもらったその時の自分を、透は褒め讃えてやりたいと今でも思う。  案の定そのブログは間もなく閉鎖し、動画は視聴不可能になってしまった。その後どれだけ探しても、有益な情報はなにも見つからなかったのだ。  不幸なことに透の地元には少年合唱団といった類のものは存在せず、仕方なく学校の活動に力を入れてみたりもした。  やがてギターに触れる機会を得ると、透はどんどんそっちの方向にのめり込んでいった。  だが、人を感動させる音を出したいという気持ちの原点はこの動画だった。  本人に訊いてみようか……? でも、こんな動画を後生大事に保存しているとか、引かれたら嫌だしな。  それが個人的な意味で嫌われるのが怖いのか、バンドのメンバーになる可能性を考えてのことなのか、透には判別がつかなかった。  なんにしろ、これから長く付き合うことになるのであれば、変な印象を持たれない方がいいに決まっている。  透はケースからギターを引っ張り出すと、部屋に置いてあるミニアンプに繋げた。時間を考慮して、音量をできるだけ絞る。  このところ詰まっていた新曲のメロが、今なら降りてくるような気がしていた。  さっき聴いたばかりのリフと、天使の歌声のイメージ。  気付くと、聖の笑顔が頭に浮かんでいた。  そのまま弦を奏でる。その音は空気を揺らして高く舞い上がり、これから始まるはずの夢を描いていった。

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